となりの女の子はVTuberかもしれない ~推しとの関係は友情? それとも恋愛ですか?~

天音ななせ

第1章

第1話 隣の女の子はVTuberかもしれない

 隣の女の子はVTuberかもしれない。


 私がその事実に気付いたのは、部屋に暖房が欠かせなくなった十二月初旬のことだった。

 三年ほど住んでいる1LDKの賃貸マンションは、端的に言えば欠陥住宅だ。

 私の住む部屋と右隣の部屋を隔てる壁が、どういうわけか薄い。あるいは遮音材か吸音材のようなものが抜けているのかもしれない。

 大家さんに相談することを考えたが、トラブルに巻き込まれたくなかったし、何より私自身は問題なく過ごせていた。

 だから、ずっと黙ったまま、今に至る。


 隣に住む女の子はつい最近引っ越してきた。

 それ以前の住民はカップルで、夜にはイチャイチャしていた。

 私には無縁の、別世界の人たちだった。

 しばらくの間、そのカップルの声に悩まされていたのだが、数ヶ月前に出て行った。妊娠したらしい。

 話によれば、この部屋より広い所に引っ越していったらしい。

 粗品を持ってきたときの彼女は、すごく幸せそうな顔をしていた。

 色々と言いたいことはあったが、憎めなかった。

 まあ……、そういう幸せもありなのかもしれない……。


 私は机の上に置いてあった鏡で自分の姿を見る。長い髪は寝癖で明後日の方向に向いている。

 化粧もされていない。無気力な私が映っていた。


 程なくして新しい住民がやってきた。

 見たところ、私と同じ年頃の女の子。二十歳前後だと思われる。

 元気そうな女の子だった。以前の住民と似たような雰囲気。私とは真逆の陽キャのオーラをすぐに感じた。

 どうせすぐに彼氏を連れ込むのだろう。挨拶の日から私は憂鬱になった。


 しかし、どうも私が初日に勝手に抱いた彼女の人物像とは、少し違っていたらしい。

 今、私は壁に耳を当て、隣の女の子の声を必死で聞き取ろうとしている。


『このモンスター、私と同じ鳥なのに、全然可愛くないんだけどっ!』


 台詞の内容からしてゲーム配信者、それもVTuber。アバターの存在を感じるので間違いないと思う。

 カップルの次は配信者。はぁ……、また騒がしいのは困るのだが。

 と言いつつ、ほっとしている自分がいた。まだ希望が持てるからだ。

 ガチ恋勢寄りなのか、それとも、男とFPSをするタイプなのか……。

 別に後者でもいい。大手のように、相手が素性のしっかりとした人とコラボしているなら。

 でも……。


 私は、いつの間にか、手元に引き寄せていたタブレットで現在ライブ配信中のVTuberを片っ端から調べる。

 あっ、今ゲーム固有の単語が出た。ドラ●エシリーズのどれかをやっているね。

 ゲームのタイトルさえ分かればあとは簡単だ。すぐに隣の住民を特定する。


 隣の部屋から聞こえる声。ワイヤレスイヤホンから遅れて聞こえるタブレットの配信の声。完全に一致した。


「えーと、なになに」


【ライブラブ】二期生、【立木たちきスズメ】ちゃんね……。


 中堅事務所の二期生の女の子。

 獣人系のVTuber。動物のモデルはもちろん小鳥の『スズメ』。

 スズメらしい、背の小さな可愛らしいアバターをしている。


 この事務所はまだ三期生がデビューしていないみたい。二期生の彼女たちもまだデビューしたばかりだ。

 一期生のメンバーはそこそこ名が知れている。

 だから、VTuberに詳しい人なら、名前ぐらいは知っている事務所だろう。

 事務所のメンバーは全員女の子か……。

 でも、まだ油断できない。


 当初の目的、隣の住民の特定が終えたので、私は壁から耳を離した。

 そして、そのまま、だらだらとタブレットの配信を視聴し続けていた。

 それにしても……、配信が面白いとはお世辞にも言えない。大手の配信者と比べると、やはり未熟な部分が多い。

 基本、ゲームの台詞を読み上げているだけ。これでは朗読と変わらない。もっと自分の感想を入れないと。

 リアクションも薄い。今のシーンは、もっと(大げさに)驚くべきところだよ。切り抜きポイントの一つだよ。

 それは数字にも表れている。

 視聴者は20人前後。大手なら2000人ぐらいは来る。約100分の1。現実は非情である。


 でも、一つだけ分かることがある。それは、彼女が楽しそうに配信をしていること。

 増えては減ったりする視聴者。

 しかし、20人前後の視聴者は楽しそうに配信している彼女に魅せられ、配信から離れることはない。

 決して20人を割ることがない。


 いつの間にか配信は終わっていた。ライブ配信がオフラインになっているのに、私を含め5人の視聴者が残っていた。

 寝落ち、あるいは私と同じで、余韻に浸っている人たち。


 私は【立木たちきスズメ】の配信にを感じた。


 その日から、私の密かな推し活が始まった。

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