第13話 役場の裏
由美子が目を覚ましたのは、朝靄が町を覆う時刻だった。昨夜、美津子と別れてから眠りが浅く、祠の紋様と祖母の鍵が夢にちらついていた。窓の外では、町の不穏な空気がまだ漂っている気がする。テレビが「川の捜索に進展なし」と告げ、遠くで誰かの話し声が聞こえる。だが、由美子の心は役場に向かっていた。町長が祠を崩させた理由を確かめなければ、優太と翔太の手がかりは見つからない。
彼女はノートと鍵を手に持つ。祖母キヨの手紙——「祠の封は藤尾家の務め」——が重く響く。美津子が節子さんから聞いた、優太の「隠し扉」の話と業者の動きが頭を離れない。町長が急ぐ理由は何か。祠の過去を隠すためか、それとも優太が近づいたことを知っているのか。由美子はコートを羽織り、美津子の家へ向かった。二人が約束した役場への一歩が、今日だ。
美津子の家に着くと、彼女はすでに玄関で待っていた。目の下に隈があるが、目は決意に満ちている。
「由美子さん、行くよ。優太のために」
由美子は頷いた。
「うん。町長の予定を確かめよう。何か見つかるはず」
二人は商店街を通り抜け、役場へ向かった。朝の町は騒ぎが落ち着きつつあるが、道端で新聞を読む人々の表情は暗い。役場は古びた二階建てで、入り口に「藤尾町役場」の看板が錆びついている。由美子と美津子は受付に近づいた。若い職員が書類を整理している。
「すみません、町長にお会いしたいんですが」
由美子が言うと、職員が顔を上げた。
「田中町長ですか? 今日は会議で忙しいですよ。何か用件を」
美津子が一歩前に出た。
「行方不明の優太の母です。子供が消えた件で町長と話したいんです。町長が何か知ってるはずだから」
職員が眉を寄せ、奥に電話をかけた。しばらくして戻ると、困った顔で言った。
「今は無理です。午後なら少し時間が取れるかも。予定表はこれ」
職員が差し出した紙に、町長のスケジュールが書かれている。由美子が目を走らせると、「10時: 業者と打ち合わせ」「14時: 開発計画会議」とある。業者の打ち合わせ。祠に関係あるのか。彼女は美津子を見た。
「美津子さん、裏の車庫に行ってみましょうよ。この時間だったら何か動いてるかも」
美津子が頷く。
「はい。行ってみましょう」
二人は役場の裏手へ回った。正面で待つより、町長の動きを直接見られるかもしれない。裏口近くの駐車場に、黒い車が停まっていた。車体には「藤尾開発」と白い文字が記されている。節子さんが話していた業者の男が関係しているなら、この車かもしれない。由美子が美津子を引っ張り、物陰に隠れた。
背の高い男が運転席から降り、役場の裏階段へ向かう。由美子は男の顔を知らないが、節子が言っていたという「背の高いやつ」とは彼のことかもしれない。男が階段を上がり、二階の窓際で誰かと話している。声は聞こえないが、男が書類を渡すのが見えた。相手は背を向けており、顔は分からない。由美子は目を凝らした。あれは町長だ。そして男が再び階段を降り、車に戻ると、電話を取り出した。
「今夜で片付きます。祠の跡は埋めてしまえばいい。町長がそう言ってました」
由美子は息を止めた。祠の跡を埋める。優太と翔太がそこにいたなら、隠してしまうつもりなのか。美津子が小さく震え、由美子の腕を握った。
「由美子さん、聞いてた。優太が……」
「落ち着いて。まだ分からないよ。でも、急がないと」
二人は物陰から出て、役場を離れた。町長が業者と何を企んでいるのか、確かめる必要がある。由美子は提案した。
「美津子さん、祠の跡を今夜見に行こう。町長が隠したいものがあるなら、そこに証拠があるはず」
美津子が目を潤ませ、力強く頷いた。
由美子は頷き返した。役場の裏で見た車の動きが、町長の意図を暴く手がかりだ。祠の過去と藤尾家の務めが、子供たちを救う道を示す。二人は足早に家へ戻り、夜の準備を始めた。
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