第12話 商店街の耳

 由美子が家に戻ったのは、図書館を出てすぐのことだった。美津子と別れてから、町のざわめきが耳に残っている。テレビからは「川の捜索が続く」と繰り返し流れ、マスコミが商店街をうろついているようだ。だが、由美子の頭は祠の紋様と金属の欠片で一杯だ。図書館で見つけた写真と記録が頭から離れない。1940年の祠の異変。祖母キヨが封じた子守りの神。戦前の失踪と今が繋がっているなら、祠の紋様が鍵だ。彼女は台所にノートを広げ、写真を手に持った。渦のような線と赤黒い染みが、白黒でも不気味に浮かんでいる。あの染みが血痕なら、優太と翔太が危険にさらされているかもしれない。


 由美子は立ち上がり、祖母の古い行李を開けた。キヨが残した物に手がかりがあるはずだ。中には着物や手紙が詰まっている。底に小さな木箱があった。由美子が開けると、古い鍵が出てきた。錆びてはいるが、金属の欠片と同じ形だ。祠を封じる錠の一部か。鍵の横に、キヨの手紙が挟まっていた。「祠の封は藤尾家の務め。子守りの神が目を覚ませば、子を奪う」。由美子は息を止めた。祖母が恐れた災いが、今起きているのか。彼女は鍵と手紙をノートに挟み、考え込んだ。町長が祠を崩させた理由は何か。節子さんが昔話した「祠の神が子を求めた」という噂が、頭をよぎる。


 夕暮れが近づく頃、玄関の戸を叩く音がした。由美子が開けると、美津子が立っていた。顔が青ざめ、息を切らしている。手に買い物袋を持っているが、中身は少ない。由美子はすぐに招き入れた。


「美津子さん、どうしたの?」


 美津子がソファに腰を下ろし、袋を置いた。


「由美子さん、商店街で聞いてきたよ。節子さんに会ってきた」


 由美子は頷いた。節子さんは商店街の雑貨屋で、昔から由美子や美津子と親しく、優太が駄菓子を買いに通っていた。由美子が尋ねた。


「節子さんが何か知ってたの?」


 美津子が頷く。


「うん。優太が消える前日に店に来てたって。『祠の隠し扉、見つけたら宝物があるかな』って翔太と笑ってたって。それ、節子さん、由美子さんにも話したって言ってたよ」


 由美子は息を呑んだ。前日。優太が祠に近づくつもりだった証拠だ。節子さんが前に話した「祠の神が子を求めた」と重なる。彼女はさらに聞いた。


「他には?」


「町長のこと。昨日、業者の男が店に来てたって。背の高いやつで、『祠の周りはもうすぐ片付く』って電話で話してた。町長が急がせてるらしい。節子さん、『昔の噂が本当なら怖いね』って顔してたよ」


 由美子は唇を噛んだ。祠を片付ける。優太が消えたタイミングと重なる。町長の裏に何かある。彼女はノートを開き、写真と鍵を美津子に見せた。


「これ、祖母の物。戦前にも子供が消えてるみたい。祠の封が解かれたせいかもしれない」


 美津子が鍵を手に取り、目を潤ませた。


「封が解かれたなら、優太たちはまだ……見つかるよね?」


 由美子は美津子の肩に手を置いた。親しい友の不安が伝わってくる。彼女は優しく答えた。


「うん、見つかるよ。一緒に調べよう」


 美津子が小さく笑い、頷いた。


「ありがとう、由美子さん。私も頑張るから」


 二人は顔を見合わせた。捜索が川で騒ぐ中、本当は祠の秘密が子供たちを救う鍵だと思う。由美子は少し声を弾ませて提案した。


「ねえ、美津子さん、明日、役場に行ってみない? 町長の予定を確かめたいんだ」


 美津子が目を輝かせた。


「行くよ。優太のために、絶対」


 由美子も笑みを返した。商店街の耳が、町長の裏を暴きつつある。祠の過去と藤尾家の務めが、すべてを繋ぐ。彼女はノートを閉じ、心の中で呟いた。

 子供たちがいなくなって、もう3日。時間が——ない。

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