異世界転生したけれど、どんな才能を授かったのか分からない

解体業

異世界転生したけれど、どんな才能を授かったのか分からない

 先が見通せない。底も見えない。


 どれぐらい広いのか分からない白一色の空間に僕はいる。天井もなければ床もない。ただ無限に広がる白の世界の中に、僕一人だけが存在している気がする。


 なぜここにいるのか、見当もつかない。ついさっきまで、学校の授業を受けていた……はず。


 浮遊感に包まれている。血の巡りや胃のあたりに違和感を覚えた。少し気持ち悪い。


「君に才能を一つ授けた」


 突然、声が響いた。どこから聞こえてくるのか分からないが、恐らく僕に向けられたものだと思う。


 どこを見ればいいのだろう? 何もない場所を見つめながら話すというのは何だかおかしさがある。


「……才能?」


 僕がつぶやくと、その声は答えた。

「そう、才能だ」


「どんな才能ですか?」


「それを見つけるのもまた人生さ」


「いや、そんな……」


「君は……高校生だったのか。……そうだな、次も似たような場所へ送ってやろう」

 俺の言葉を遮るように声は言った。


「準備はいいか? もう飛ばすぞ?」


「えっ、いや待ってください」

 その言葉を言い終わる前に白い空間が一瞬にして崩れ、暗転した。長い暗転の時間——どれくらい時間が流れたかは分からないけれど——が終わって、気づくと教室の隅の机に座っていた。


 授業はつつがなく終わった。


 家族も同じ、家の間取りも同じ、通学路も同じ。クラスメイトの顔ぶれも変わらず、転生した世界はまるで前世と全く変わっていないように思えた。


 一週間が経過した。どんな科目の授業を受けてみても、才能があると言えるものは無かった。数学、国語、英語、そして芸術科目。どれも、前世と変わらず得意でも不得意でもなかった。そして、その他の科目は苦手なままだった。


 才能があるなら、普通はすぐに分かるはずだ。例えば、筆を取れば誰もが驚くような絵が描けるとか、音楽を聴けば楽譜が自然と頭に浮かぶとか、そんなふうに。特別な才能というのは、すぐに分かるほど秀でたもののことを言うはずだろう?


 でも、何も起こらない。ただ日常が続くだけだった。


 僕は次第に、日常の中に埋もれた「才能の兆し」を探すようになった。


 たとえば、掃除当番の日。掃除をしているときに、ふと「僕の才能は掃除なのでは?」と思ったことがある。試しにいつもより丁寧に掃除してみた。床を磨き、机の裏の埃まできれいに取り除いた。でも、それで何かが変わったわけではない。ただ、周りのクラスメイトから「真面目だな」と苦笑された程度だった。


 体育の授業では、特別な動きをすれば身体能力の才能が開花するかもしれないと思い、跳び箱で全力を出してみた。結果、普通に跳べたが、特別上手いわけでもなく、むしろ人並みだった。先生に褒められることもなく、何も特別な感覚は得られなかった。


 ある日、友人がゲームセンターに行こうと誘ってきた。才能は意外なところで発揮されるかもしれないと思い、挑戦することにした。音楽ゲーム、格闘ゲーム、レースゲーム……どれをやっても、そこそこ楽しめるが、特別うまいわけでもない。結局、才能どころか、小遣いが減っただけだった。


 家に帰ってからは、日常の何気ない行動にも才能が潜んでいないか考えた。食事をしているとき、「もしかして、僕は味覚の才能があるのでは?」と考え、家族の料理の味を分析しようとした。けれど、結局「美味しい」「普通」「ちょっとしょっぱい」ぐらいしか分からなかった。


 学校生活の中で、僕は常に待ち構えていた。突然、自分の中に隠された才能が目覚める瞬間を。あるいは、誰かが「お前って○○が得意だよな」と言ってくれるのを。


 しかし、そんなことは一度も起こらなかった。


 期末テストが終わった。テストの結果が返却されたけれど、点数は前世とほとんど変わっていなかった。むしろ、順位は下がっていた。


 本当に転生して才能をもらったのか?

 それとも、僕の才能は、まだ発揮されていないだけなのか?


 僕は何度もそう疑った。だが、確かにあの声は言っていた。「才能を授けた」と。


 特別な才能があるわけでもなく、周囲の誰かより秀でたわけでもない。


 何も変わらない……僕には、本当に才能があるのか?

 僕の焦りは募っていく。


 ある夜に眠りにつこうとしたら、またあの声が聞こえた。


「君が今いる世界は、元いた世界より小石の数が一つ多い世界だ。それ以外は全く違わない」


 僕は驚いて飛び起きたけれど、部屋には誰もいない。ただ、確かに声だけが響いていた。


「……それってどういうこと?」


「そして、才能は遺伝と環境で決まるのだ。それを参考にしてみるといい……。そう言えば、勉学だけは努力さえすればいくらでもどうにかなる、などということはない。学問だけを特別扱いする義理は私には無いからな」

 僕の問いかけには答えないまま、声は一方的に口走り、そして消えた。


 僕は考え込んだ。小石が一つ多い世界——そんな違いに意味がある? それよりも、才能は遺伝と環境で決まるという言葉の方が気にかかった。両親は共にごく普通の会社員で、特別な職についているわけではない。育った環境も平凡で、裕福でもなければ貧しいわけでもない。こんな遺伝と環境から生まれる才能はどんなものなんだろう?


 ……自分には特別な才能なんか無い、ということ?







 半世紀が過ぎた。そして、私は成長した。


 才能を探すことにも疲れ、次第に何かを追い求めることをやめてしまった。やがて社会に出て、普通に働き、日常に埋もれていった。


 気づけば、人生の大半が過ぎ去っていた。私は結局、何も見つけられなかった……。


 テレビを眺めながら、私は思う。あの声の言葉に振り回され続けたが、何も得ることはなかった。


 テレビのニュース番組では、九十歳の老人が特集されていた。


「九十歳で絵を描き始めたんですよ」
「最初は趣味でしたが、描いているうちに楽しくなって。気がついたら、個展を開くことになったんです。積み重ねの力に驚かされました」


 皺だらけの顔に、穏やかな笑顔が浮かんでいた。


 そのとき、あの声が再び聞こえた。


「君は何も挑戦していないのに、何に才能があるか分かるのかい? 人間は皆、挑戦無くして才能が見つかることは無いんだ。もちろん、今は亡き君の両親もだ」


 私は息をのんだ。


 何も挑戦せずに、才能が見つかるはずがない。それを理解しながらも——いや、最近やっと気づいたのだが——私はずっと何もせずに生きてきた。


 もし、何かを続けていたら。もし、何かに挑戦していれば。


 だが、それを考えるにはもう遅すぎる。タラレバは禁句だ。


「……もう遅い」


 テレビの画面の中、老画家は楽しげに筆を動かしていた。


 ……私にも才能はあったのかもしれない。ない方がマシな才能が。そして、知らず知らずのうちにその唯一の才能は完璧に発揮されていたのだろう。

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