第20話

その店は、裏道から、アパートが並ぶ住宅街に入るギリギリのあたりにあった。細い階段を上り、古びた重い扉を開けると、やっと店の看板を見つける。初めからここに店があることを知らなければ、辿り着く事は出来ないかもしれない。


「こんな所にカフェなんてあったんだな。」

青木は、こじんまりとした店を見回しながら言った。案内された席は窓際で、意外なことに、町を見渡すことができた。まさに隠れた穴場、絶好のデートスポットという感じだ。

「そうなの!知らなかったでしょ?

なんか穴場って感じがしていいよね!」

『デートか・・・それもまあ、悪くないかもしれない』

青木は不意に浮かんだ自分の考えに小さく頷きながら、真衣に微笑んだ。


とりあえず、青木はコーヒーを、真衣は店の自慢だというアイスロイヤルミルクティーを注文した。

よく見れば、様々な種類の紅茶の茶葉が並んでいる。小ビンに詰め、並べられているので、装飾の意味合いも含んでいるのだろう。カントリー調のアイテムの数々は、あたたかい雰囲気を作り出していた。流れている曲も、凝っている。


「学校、辞めちゃうの?」

青木が店の雰囲気に酔いしれていると、真衣が突然切り出した。

「・・・何も考えていないんだ。辞めるのか辞めないのかもわからない。」

「そう・・・大学に来ないで、何をしてたの?」

 ストローで氷をもてあそびながら、真衣は上目遣いで青木を見つめた。何気ないようだが、その瞳には、探るような色が見える。青木は、窓の外へ視線を逸らして、少し考えてから、

「自殺の精神病理について、心理統計学的に文献をあたったりして調べていたんだ。中島の死を自分なりに受け止めようとしてね。結論として、恐らく中島の場合は、オズローによって唱えられた、完璧主義の追及とその実現の困難、他者からの反撥による心的外傷というのが原因だろうっていうところにいきついたよ。」

と答えた。真実を話す気はなかった。

「・・・話したくないならいいけど。バカにしてるってことはないわよね?」

「ああ・・・真衣は心理科だったか。」

「そうよ。」

「バカにするつもりはないよ。ごめんな。」


暫しの間、気まずい沈黙が流れた。しかしながら、この店は、深刻さには慣れていないようだった。いつの間にか、真衣の表情も和らいでいた。

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