出会い

第1話

「講義だったの?遅くまで大変だね。」

大学二年の秋だった。

夕暮れ、もう人のほとんどいなくなった構内。あたしは、なんだか帰りたくなくて、一人喫煙所で煙草をふかしていた。だんだんと赤みが消えて、紺碧に支配されてゆく空をぼんやりと眺めていた。



突然声を掛けられた驚きを隠しきれず、あたしは少し慌てふためきながら答えた。

「え?いえ、ヒマだったから・・・」

何度か、見たことがある。

いつも数人の輪の中、この喫煙所で楽しそうに談笑している、笑顔がさわやかな人。すらりと背が高くて、サラサラの髪の毛が光を纏っていて、誰とでも打ち解けられそうな雰囲気のお兄さん。

私は、少し緊張しながら、顔をあまり上げずに答えた。

「そうなんだ。」

「はい。」

そっけない返事しか出てこない。何か会話のとっかかりを探そうと思うけれど、頭が真っ白になってしまって浮かんでこない。感じ悪いんじゃないか・・・どうしたらいいだろう・・・そんなことばかりが頭の中を巡っている。

「これから何か用事でもあるの?」

優しい口調で、彼がまた口を開いた。顔を上げると、煙草を口の端にくわえながら、私に笑いかけてくれる。

不意に体がぶわっと熱くなって、全身がぼんやりと痺れたような感覚に包まれる。煙草をもつ右手が微かに震える。

「あー・・・人と、会うかもしれないけど、まだ未定って感じで・・・」

「そっか。俺もさ、用事まで時間余っちゃってたんだよね。」

「どのくらいですか?」

「三時間くらい?」

「あはは、長い!」

「そうなんだよ~。移動時間を差し引いて考えても、二時間はあるから、ヒマでヒマで・・・」

「ですね~。」

「図書館でも行って勉強しようと思ってたんだけど、やめた!せっかく、いい話相手が見つかっただんだしね。」

言って、彼はニッといたずらっぽく笑った。

「ええ?しなくていいんですか、勉強・・・」

「うん。勉強なんて必要な時だけすればいいんだ!ギリギリで良し!」

「あ、それわかる!」

「俺なんか、大学入試も全く勉強してないからね。」

「私も!センターまでは勉強してたけど、二次は全く勉強してないのに入っちゃった。」

「俺、センターすら受けてないから。」

「あ、推薦ですか?」

「そ。」

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