ライフライン自粛

渡貫とゐち

右に倣え


「……え、どこもやってない……閉まってる……?」


 最近、臨時休業が多いなあと思っていたけれど、遂には近所の商店街、全ての店がシャッターを下ろしていた。

 元々閑静な町ではあったけど、今ではゴーストタウンのように静かだ。

 まるで数年前のウイルスが流行った時のように、外出している人も最小限になっている。


「薬局も、スーパーも、お弁当屋さんも閉まってて――――」



「おや、奥さん。道端で悲鳴を上げてどうしたんですか?」


 無意識に悲鳴を上げていたらしい。……上げたくもなるわ、だって買い物にきたのに店が閉まっていたんじゃ、私はどこで買い物をすればいいの?

 ネットショッピングは届くまで数日かかるし……あれ?

 インターネットが繋がりづらいんだけど……。


「奥さん? ナンパじゃないので、スマホではなくこっちを見てほしいんですけど……」


「警戒するでしょ、普通に。ガタイの良い男は怖いものなの。……はぁ、じゃあ聞いてくれる? だってどこもお店がやっていないのよ! 今日必要なものがあったのにそれも買えないなんて――なんで急に! なにがあったのか知ってますか!?」


 怒鳴っているように聞こえてしまっただろうけど、私は彼に怒鳴ったわけではない。急に店を閉めた店主に文句を言っているのだ。

 もちろん、やむを得ない状況なら仕方ないけど、だとしても示し合わせたように全部のお店が閉まるなんて……こんなの異常事態でしょう!?


「奥さん……? テレビは見ないのですか?」

「あまり……見ないですよ。不倫男が平然と番組に出ているじゃないですか。ひとりやふたりではないです。……見る度に嫌な気持ちになって……だから見なくなったんです。嫌だから見なくなりましたっ、文句ありますか?」


 彼は首を左右に振った。私の勝手だし、文句を言われる筋合いはない。


「意外と、テレビがなくとも平気でしたね」

「はあ、そうですか。でも困っている様子に見えますけど。ニュースくらいは見た方がいいと思いますよ。スマホでニュースも見ませんか?」

「天気予報くらいなら見ますけど」

「芸能ニュースなんかも……当然見ないですか……いや、偏向報道が多いのも事実ですし、見てくださいとも言いづらいですね――」


 そうなのだ、偏った報道にうんざりして、いつからか見なくなった。

 見出しの印象で誤解して、無実の罪なのに批判してしまったことがある。あれは反省だ。それから二度とニュースは見ていない。


「では、手短に説明しますね――店が閉まっている理由……ズバリ、みなさん”自粛中”なんですよ」

「……? またウイルスが流行っていたりします? 外出自粛とか……」


「ではなく。少し前に話題になっていたことも……知らなさそうですね。あれですよ、”オンラインカジノ”です」

「カジノ……」


 赤と黒の回転するルーレットが思い浮かぶ。

 けど、オンラインだから、スマホで手軽にできるカジノなのだろう。


「はい。違法なのですが、芸能人がやっていたみたいで……と言っても数年前のことですので時効にはなっているのですが……処分はしないといけないんですよ。その芸能人は無期限の活動自粛を発表しました。となれば、周りも同じ処分でないといけないですよね? 芸能人は人気商売、文句は少ない方がいいですから」


「彼が自粛したのになんでこっちの人は自粛しないんだ、と言われるからですか?」

「その通りです。そしてそれが芸能人に限らず、他の業種まで影響が出たというわけです。――俳優も、その内のひとつですね」


 他にはスポーツ選手、政治家、身近なところで言えばお弁当屋さん、スーパーの店員などなど……らしい。


「自粛、ですか……?」

「自粛をしたら働けませんから、お店を閉めるしかありませんよね?」

「え……、そりゃ自粛はするべきでしょうけど、でも、お店が閉まったら買い物がしたいこっちが困りますけど!?」


「でしょうね。でも、自粛をさせたのは消費者なんですよね。ネットで炎上させ、自粛しろと騒ぎ立て、実際に各業種が右に倣えで自粛してしまった。今日のニュースを見ていないならお教えますが、明日からは水道、ガス、電気などにも影響が出ると思います。なぜならみんなが自粛し、管理者も働けないですからね……。放置して構わない仕事は継続されますが、なにか問題が起きた時に対処する人間はいないでしょう……自粛中ですからね」


 水道、ガス、電気も……? はぁ!? バカなの!?!?


「なんでよっ、生きる上で必要なところまで削ってどうす――って、自粛するのは一部の人のはずよね!? なんで企業全体で自粛して、」


「それはもちろん、全員がオンラインカジノを利用していたからですね。知らなかった、は通用しませんから――当然、全員が自粛となります。かく言う私も自粛中の警察官ですよ。数年前のことが今……とは思いますがね。まさかあれが違法だったなんて……、知らなかった、を押し通すつもりはありませんが、しかし知らなかったんですよね……事実はありふれたものです。とは言えルールですから、仕方ありません」


 違法カジノに手を染めた人間が多数だから、マイノリティである私たちが痛い目を見るっておかしな話だ。

 ルールを守っていた私たちへの補償が一切ないのが気になるところね。


「どいつもこいつも……違法カジノなんてやるから……! なんでちゃんと生きてる側が損をするのよぉ!!」

「すみません。しかしそういうあなたも、過去にオンラインカジノをしているのでは? 自覚なくやっている可能性はありますよ?」

「していないわよ」


「証拠は――いえ、根拠はありますか?」

「違法なカジノに手を出す度胸はないもの。それに、当時推していたアイドルグループの男の子が広告に出てて――――」


「アウトです。それ、違法なカジノですね」


「え……? いや違うわよっ、だって大々的に宣伝してたし、あの子のイメージで売っていたちゃんとしたカジノだったわよ!?」

「ですよね。でも、違法なんですよ。あなたみたいに合法なカジノだと思っていた、という人が大半です。だからこそ、全国民が自粛するような事態になっている――ちゃんと違法ですからね? 自粛、自粛、自粛――――そして、今のような閑静を越えてゴーストタウンのような景色となっているわけですね。日本から光が消えたように、みんなが自粛をしています――」


 まるで日本まで活動を自粛したようだ、と彼は笑った。


「そろそろ街灯も消えるかもしれませんね……真っ暗な日本がやってくるでしょう……さて。騒ぎ立てた人間が満足するまで全員で自粛をしましょうか。いつまでこのゴーストタウンに堪えられるかが問題ですが…………違法カジノよりも違法な騒動が起きなければいいのですけど……」



 全員が自粛をしているのならば。

 ……これは、一体誰に向けた自粛なのだろう……?




 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ライフライン自粛 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ