金にあこがれて

沢田和早

金にあこがれて

 

 銅は自分が嫌いでした。どんなに頑張っても三流にしかなれないからです。


 例えば表彰式。勝者だけに与えられる輝かしいメダルになれたとしても、それは三位に対してだけ。一位や二位に与えられるメダルには決してなれません。


 例えば経済。誰もが欲しがる硬貨になれたとしても、額面はいつも三流。金貨や銀貨ほどの価値はありません。


 学問に励み、心身を鍛え、厳しい就職試験を勝ち抜いて大企業に採用されても、配属先は電線や調理鍋などのぞんざいに扱われる部署ばかり。最新の電子機器に配属されるレアメタルとは待遇も労働環境も雲泥の差があります。


 おまけに少しでも肌の手入れを怠ると、あっという間に緑青に覆われて光沢が失われてしまいます。こんなに惨めな金属が他にあるでしょうか。


「ああ、どうして銅になんて生まれてしまったんだろう。もっと違う金属、そう例えば金だったら素晴らしい日々を送れたはずなのに」


 金は銅のあこがれでした。金メダルも金貨も金メッキも金箔も強大な権力と価値を備えた上流階級の存在です。金である、ただそれだけで尊敬を集められるのです。

 無教養で怠惰で何の努力もせず、毎日川の底で砂のようにゴロゴロしているような生活でも、金というだけで社会的に高い地位を得られるのです。そんな金にあこがれを抱くのは銅でなくても当然のことと言えましょう。


「金になりたい。あこがれの金になれたら何もかもがうまくいんだ」


 身分不相応な望みであることは重々承知していました。しかし銅はその望みを諦められませんでした。どうすればあこがれの金になれるのか、そればかりを考えながら暮らしていました。そうして何千年も過ぎたある日、


「遠い国でどんな金属でも金に変化させられる錬金術が発見されたらしいぞ!」


 ビッグニュースが飛び込んできました。金にあこがれていた銅がこの情報に飛びつかないはずがありません。新たな錬金手法が発見された土地は銅の住む辺境地から数千キロも離れた世界最大の工業都市でしたが、銅は旅立ちを決意しました。

 旅路は困難を極めました。路銀に使用したり、道路との摩擦ですり減ったりして、出発時に五トンあった銅の体は一トンにまで減少してしまいました。しかしなんとか目的の都市に到着できました。銅は直ちに一番大きな錬金術工房を訪れました。


「お願いです。私を金に変えてください」

「銅か。成功率は高くない。金になれない可能性もある。それでも構わないならやってやろう」

「お願いします」

「わかった。工賃は体で払ってもらうぜ」

「はい。好きなだけ我が身を削ってください」


 話はまとまりました。これであこがれの金になれる、銅は期待に胸を弾ませて工房の作業台に我が身を横たえました。そうして一週間が過ぎました。


「ふむ、どうやらうまく錬成できなかったようだな」

「そのようですね」


 なんということでしょう。銅は金ではなく青銅になっていたのです。


「金になれなかったとは言っても青銅なら悪くないだろう。ああ、それから工賃は返さないぞ。そういう契約だからな」

「わかっています。ありがとうございました」


 青銅になった銅は工房を後にしました。たった一回の失敗で諦める銅ではありません。すぐに別の工房を訪れて頼みました。


「私を金に変えてください」

「青銅か。成功率はあまり高くないが、それでもいいならやってやろう」

「お願いします」


 再び錬成に挑む銅。しかし二回目も失敗でした。金ではなく真鍮になっていたのです。それでも銅は諦めません。


「まだだ。まだチャンスはある。あこがれの金になるまで何度でもチャレンジしてやる」


 銅は手当たり次第に工房を訪れました。しかし金にはなれません。真鍮の次は白銅、その次は黄銅、硫化銅や塩化銅になったこともありました。その度に銅の体はどんどん小さくなっていきました。自分の体を削って工賃に当てていたからです。そしてまた失敗して赤銅に錬成され、再び新しい工房を訪れた時、


「金に変えてくれって? 無理だ。その大きさじゃ工賃は払えないだろう」


 断られてしまいました。この都市に到着した時一トンあった銅の体は、度重なる錬成代の支払いによって今では百グラムにまで減っていたからです。


「なんてことだ。こんなに頑張ってもあこがれの金になれないなんて。これまでの努力は全て無駄だったのか。終わりだ。何もかも終わったんだ」


 絶望した銅は身投げしようと大河の岸に立ちました。すると一人の老人が声を掛けてきました。


「そこのお若いの。何か訳があるのかね。よかったら話してくださらんか」


 老人に問われて銅はこれまでの経緯を全て話しました。聞き終わった老人は優しい声でこう言いました。


「それほどまでに金になりたいのなら、とっておきの秘密情報を教えてあげよう。間もなくトリの降臨が発動する」

「トリの降臨?」


 老人の話によれば、ここからさほど遠くない山の頂上に、四年に一度、万能の力を持つトリが降臨し、どんな願いでも叶えてくれると言うのです。


「もちろん誰でもいいわけではない。トリに認められた者だけが願いを聞いてもらえるのだ。これだけの努力をしてきたおまえさんなら、ひょっとすると叶えてもらえるかもしれん。どうだね、やってみるかね」

「もちろんです!」


 銅は喜び勇んで山へ登りました。険しい山でした。銅と一緒に登頂していた数千名の志願者は徐々にその数を減らし、山頂に到着した時には七名に減っていました。そして銅の体もすっかり擦り減り、百グラムあった体は十グラムに減っていました。


「さあ、後はトリの降臨を待つだけだ」


 山頂で過ごすこと十日、二月二十九日の午前零時、トリが姿を現しました。


「おお、トリの降臨だ。おトリ様、願いを叶えてください」


 志願者は次々と自分の願いを申し出ました。しかしことごとく却下されました。そして最後に銅の順番が回ってきました。


「おトリ様。私の願いを聞いてください。あこがれの金になりたいのです」

「おまえの努力は全て知っている。その努力に報いてやろう。それ!」


 トリは両翼を大きく羽ばたかせました。すると銅の体はたちまち金に変わりました。銅は大喜びです。


「ありがとうございます。ようやくあこがれの金になれました」

「うむ。金になったからと言って慢心することなく、これまで同様精進に励むがよい」


 トリはそう言い残すと大空へ飛び去って行きました。金になった銅は心軽やかに下山を始めました。そうして中腹まで降りて来た時、突然草むらから数名の輩が出現しました。全員橙黄色の毛皮を身に着け、手にはナイフを持っています。どうやら山賊のようです


「ほほう、こんな場所で金に出くわすとはラッキーだな。観念してオレたちに食われろ」

「待ってください。今は金ですが本当は銅なのです。食べないでください」

「元が銅でも今は金だろう。オレたちは今の話をしているんだ。銅なら見逃すが金は見逃せねえ。食ってやる」

「金を食べても消化できませんよ。塩酸にも硫酸にも溶けないんですから」

「心配無用。オレたちは王水なんだ。おい、みんなで食っちまおうぜ」


 王水の山賊たちは金になった銅に襲い掛かり、叩き延ばして薄い金箔にすると引きちぎって飲み込んでしまいました。


「ああ、終わりだ。これで何もかも本当にお仕舞いだ」


 王水の中で溶けていく自分の体。それでも金になった銅は満足でした。あれほどあこがれた金の体で最期を迎えられるのです。もはや何の悔いもありません。


「望みを叶えられた自分はなんて幸せ者なんだろう」


 そう思いながら金になった銅は王水の中で心安らかに消滅していきました。















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