最終話 別れと救い
図書館から出た僕は、虹の入り江に向かった。
僕はずっと入り江を眺めていた。月が綺麗に映る海面に終わりのない水平線、空を埋め尽くす星々と少し先にあるシルエットだけになった小島、全てが美しいとやっと気づいた。海だけじゃ、この景色は仕上がらない。
死ぬ前の僕じゃ、気づかなかった。
いつの間にか朝になった。平日ということもあってか、今日は人が少なかった。
太陽光を反射する海に楽しそうに遊ぶ子供と溺れないか心配している親らしき人、夜とは違って無機質な岩肌が見える小島と雲ひとつない快晴の空、どれも綺麗だ。
夕方になると、誰もいなくなった。夕陽を浴びている海面と水平線と交差する夕陽、段々と影がかかっていく小島、どれもずっと見ていたい。
僕が海を見ていると、後ろから司書さんが歩いてきた。
「ここにいましたか」
司書さんの方を振り返るとそこには、髪を肩まで切った司書さんが立っていた。
「似合いますか?貴方のおかげか、図書館から出てみようと思いまして、なのでバッサリ切ってみたんですよ」
司書さんは妖艶に笑った。海風になびく髪は、少し木の匂いがする。
「そういえば、先日は図書館を空けていてすみませんね。貴方の親御さんに呼ばれたもので。遺言書、読みましたよ。まさか私に対しても書いてくださってるとは思いませんでしたよ」
司書さんの声は少し涙ぐんでいる。
「虹宿魚が来るまで、少し話しませんか?」
司書さんは僕の隣に座った。
「そういえば、この村の伝承について書かれた本見たんですね?机の上に放置されてたのを見た時は驚きましたよ」
僕は放置していたことを謝罪して、何故あそこに置いてあったのか質問した。
「あぁ、あそこに置いたの私なんです。伝承に書いてあった通り、この入り江で死んだ人は死の覚悟が決まるまでは死ねません。そして、貴方の死亡推定時刻が丁度、虹宿魚が現れる時間だったので、貴方の探究心があれば虹宿魚がどのような魚か知らなければ死ねないと思ったから置きました。」
司書さんの言っていることは全て図星だった。
「それと虹宿魚が何故、虹を宿しているかも見ましたね?」
僕は頷いた。何故、虹宿魚が虹を宿しているか、理由は虹があの世への道だからだ。虹宿魚はあの世への道標を作る為に存在している。
月が空の頂点に達するまで残り少しになってきた。
「もう、話せる時間が短くなってきましたね。〜〜さん、図書館に毎日来てくださりありがとうございました。貴方のおかげで、私は図書館から踏み出す勇気をもらって、貴方をこうして見届けられます。そして親御さんからですが、「愛してるよ、今まで気づいてあげられなくてごめんね」だそうです」
司書さんは空を見上げてそう言いながら泣いていた。
僕も泣きそうなのを我慢していたのに、泣いてしまった。親が愛してくれてるなんて思ってもなかったし、司書さんが僕のことを大切に思っていてくれていて嬉しかった。
「もう、時間みたいですね」
目の前には虹宿魚がいる。静かに、僕の前の海面に。
「行ってらっしゃい。楽しかったですよ」
僕は司書さんに手を振り、虹宿魚に触れると虹の橋が現れた。その橋を渡って、僕はあの世へ行った。
死んでから、親は僕を愛してくれていたとわかって、司書さんも僕のことを気にかけてくれていたことがわかった。
僕は死んでから救われたと感じた。
海が殺してくれた。
僕は海に救われた。
海に救われた ジャイキンマン @jaikinman
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