序章
逆賊と毒薬
第1話
帳簿が合わないことに気づいて一週間。
慌ただしく帰還した弟は、後宮に入院して武医師がつっきっ切りで看病していた。
発症したのは、栄陽。
しかし、血液検査の結果、風邪ではなく微弱な毒を盛られていたことが判明した。
李 宰相は、只でさえ敵だらけのこの世界で春蘭が無事なのか、不安で仕方なかった。
園路から春蘭直々の人選により中央の大司農である楊大臣の従兄弟、楊 義佳が配下として着任し貨幣の会計を取り仕切るようになってから、不穏な動きが王宮では目立つ。
あの方が人選ミスをするだろうか?
視察の報告は受けていない、と何も持たずにやってきた義佳を楊大臣が身内であることを理由にすぐに雇ったはいいが、私の陛下がそんな愚かなミスをするわけがない。
電話もメールもインターネットもない、この世界で唯一の通信手段は郵便である。
と、言っても今の時代のように飛行機も車も電車も新幹線もなく、移動手段は船、馬、徒歩、と限られていた。
重要書類は、民間の郵便制度ではなく、専ら信頼できる役人に預けて届けるのがこの世界では主流である。
「陛下…」
李 宰相こと、東栄国国王、渉 春蘭の右腕のようなほぼ、政治は全般取り扱っている李 劉宝は、微弱な呼吸で意識が朦朧とする弟の見舞いに後宮の医務室にいた。
前日の夜中、慌ただしく帰還となったため、詳しい事情は聞けていないが、普段ふざけている武医師が切迫した顔で危険な状態であることは察知した。
臣下の末席である弟の玉露でさえ、危険な有様でどうして国王陛下が無事だなどと信じられるだろう。
即位から一年、まだまだ新米のあの子供の陛下に何かあったらこの世界は崩壊する…。
医務室から見上げた空は、すっかり秋模様。
春蘭一行が旅に出て二ヶ月が過ぎていた。
「落ち着いた?劉宝さん…これ、春ちゃんから預かり物」
先日、別れる時に、春蘭に託された書状を、この世界の医療責任者である武 壊加は、三通手渡した。
熱、下がらないね…解毒剤は注射してるんだけどな、と壊加も玉露の様子を心配そうに覗き込む。
「とにかく栄養に良いもの食べさせないと抵抗力落ちるんだ、毒、と言ってもこれ、生物菌なんだよね…じわじわと免疫破壊するんだ、僕もまだ研究中なんだけど」
「医療に詳しい者の仕業だろうか?」
劉宝は、助かるんだろうな、と壊加を見つめる。
当然でしょ、僕が付いてるんだから、と壊加は笑うが研究中、と言うからには特効薬など存在しない、ということに劉宝も直ぐに気付く。
「僕の研究室に入れる人にしかこの菌の研究はさせてないの、そもそもこの菌は僕の父が研究しててね、実用化は出来なかったけど多分春ちゃんのお母さんの治療に使えるよう、萩おじさんが依頼して作らせてたんじゃないかな…」
「萩様が?初雪様の病は流行病だったぞ?あっという間に高熱が出て手足が重くて動けなくなる、という…」
身を乗り出して玉露を凝視する劉宝に、うん、だからその病の菌を弱くした毒を盛られてるって言ってるじゃん、と壊加が口を尖らす。
実用化はまだだけどほぼほぼ完成に近い試作品作っちゃってるんだ、一時的に弱い菌を入れて本当の強い病に耐性作るっていう予防薬、と壊加は、小さな包みを劉宝に差し出した。
「これが、この子が盛られた毒の正体、もしくはこれの粗悪品。弟子にも研究室入れる優秀者がいるからそいつら調べてみる?犯人に目星はつくんじゃない?」
「武殿、本当に医者だったのか…」
試作の粉薬を懐にしまうと、感心したように呟く劉宝に、壊加が、失礼だよ、あんた、と目を細めた。
性癖以外は、常識ある天才肌の壊加の医師としての腕は、その父が先代国王に仕えていた頃に匹敵する。
頭脳明晰、美男子、長身、容姿良しの色男風情の見た目で、実は武術も馬術も剣技も得意、という非の打ち所がない壊加に、劉宝は弟をお願いします、と頭を下げて医務室を出て行った。
「先生…兄が何か失礼を?」
目覚めた玉露が身を起こそうとするのを壊加は、制した。
大丈夫、君の気にすることじゃない、と微笑むと玉露の額を撫でた。
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