第34話
着替えと風呂を済ませた春蘭達は、皆とは遅れて客間に向かうと、廊下を歩くどうやらこの家の女主人に春蘭だけが腕を掴まれ有無を言わさず、こっちにいらっしゃい、と引き摺られる。
千春は、先を歩く兢の腕の中でうとうとしていて気付いてくれなかった。
「男の格好でお客人と手合わせしたって聞いたわよ!こんなに傷を付けて、顔まで腫れて何をしているの!」
一階の多分茶の間なのだろう、整然とした広い部屋の隅に春蘭は正座させられると、懇々と説教される。
…これは言い返すと面倒だな、と苦笑しそうになり、頬が緩んだ瞬間、笑い事じゃありません、とまた怒鳴られた。
「すみません…」
しゅん、と萎れた振りをすれば、いいのよ、ほら傷見せて…、と頬に湿布と貼ってくれ、千春に噛まれた腕は塗り薬と包帯で綺麗に巻いてくれた。
この人は、心配なのだろうな、と自分の親ではないがきっと心根の優しい奥方なのだろう、と春蘭はホッとした。
そこへ、母上ー、お客様のお食事の準備が出来ましたよ、と自分によく似た容姿の春華が入ってきたものだから春蘭は目を見開き、母であろうその人は、悲鳴を上げた。
「ちょ、春華?!貴女、えと、春華じゃないの?」
春蘭と春華を交互に見ながらわなわなするその人に、春蘭は吹き出した。
「申し遅れました、暫くお世話になります、渉 春蘭と申します。傷の手当、ありがとうございました。あの、私は女子ではないのでこれが正装ですよ」
漸く顔を上げた春蘭が、では、と部屋を出て行く。
きっとまた皆、心配しているだろうが、なんて事はない。
怪我の手当ても出来たし、これで化膿したりはしないだろう、とクスリ、と笑いながら階段を登ると、踊り場で咲が心配そうに待っていた。
「陛下…良かった、戻って来られないので皆心配してたんですよ?」
「うん、傷の手当てをね、こちらの領主の奥様がしてくれたんだ」
どうして怪我をする事になったか経緯を説明すると、咲は悲痛な面持ちになった。
お怪我でしたら私が手当てしますのに、と口を尖らせる様子に、次は是非ね、と咲の頭を撫でると客間に向かう。
それを夕食が出来たことを知らせにきた春華が、階下から見上げていた。
「あの方が縁様の大事な国王様…」
「驚いたか、春華にそっくりだろ?」
ひょこ、と踊り場から逆さにぶら下がって春華を見下ろす清良に、春華は腰が抜けそうになった。
「ああ、すまない、裏稼業が隠密なんでね、つい人目のつかないところに潜む癖が…」
ひょい、と飛び降りて素早く春華を支えると、清良はぎゅ、と春華を抱き締めた。
「あの小さい方は?可愛らしいお嬢様でしたね」
「ああ、あの方が陛下のお妃様だ。陛下の溺愛ぶりが尋常じゃなくてな、うちの妹が嫉妬でどうかなってる」
妹様も御一行に?、と驚愕する春華に、会いたいなら部屋まで来たらいい、というか何か用事があったのだろう?と清良は春華を離すと手招きした。
客室のある二階は母屋とは別館になっていて母屋とは反対を囲むように真ん中に中庭があった。
「皆を紹介せねばな。いつかは春華も身内になるのだから仲間の事は頭に入れててくれ」
「私も仲間に入れてもらえるの?」
多分ね、と春華の頭を撫でると、清良は客室の襖を開けた。
この屋敷は、海の向こう、黄金の国の建物を模して造られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます