第40話 猫眼(にゃがん)

 それから5分ほどが経過し、俺とシロさんは部屋で2人きりになっていた。


「も、もう大丈夫なんですか……にゃ?」


「はい、おかげさまで」


 シロさんによると、俺は丸一日眠っていたらしい。

 そしてその間、シェルヴィ様、クロさん、シロさんの3人が交代しながら、俺に付き添ってくれていたんだとか。

 ほんと、3人には感謝しかない。


「と、ところでハースさん、時々魔力の流れが乱れていましたが、何かあったのですか……にゃ?」


 シロさんもお疲れのはずだし、ここで心配をかける訳にはいかない。


「い、いやぁ……?

 特に何も無かったよ、あははー」


「これは怪しいというか、怪しすぎます……にゃ」


 俺はふと視線を窓に向けた。

 おそらく、シロさんから目を逸らしたかったのだろう。


 ふぅ、これで少しは落ち着け……。


「なっ……!」


 俺の視界に飛び込んできたのは、窓に張りつきボロボロと泣く、フェンリアルとレオルの姿だった。


「本当に、本当に、無事でよかったガウぅ、うっ、うっ、うぅ……」


「ハース様ぁぁぁぁ……」


 これはこれで視線を逸らしたくなる光景だな、あはは。

 俺は2人にさりげなく手を振り、カーテンを閉めた。


「ねぇシロさん、俺の部屋の窓ってこんな位置だったっけ?」


 俺は再び、シロさんの方を向こうとした。

 しかし……。


「ん? 首が勝手に……」


 なぜか自分の意思とは関係なく首が動き、俺をじっと見つめるシロさんと目が合った。

 いや、これは無理やり合わせられたといった方が正しいかもしれない。


 この時、身体がビリビリと痺れるようなすごく嫌な予感がした。

 それも自分の身に危険が迫っている、そんな予感が。


 でも、俺の目の前にいるのはシロさんただ一人。

 まさか、シロさんに限ってそんな事あるはずがない。


 そう思った俺が、ばかだった。


「ハースさん、申し訳ございません」


 次の瞬間、シロさんの綺麗な瞳が青く光輝いた。


猫眼にゃがん


 その声の直後、俺は身体の自由を完全に奪われた。


 か、身体が動かない……。


 確か、ギリシャ神話には目を合わせると相手を石にしてしまうメデューサという怪物がいた。


 もしかしたら、シロさんもその類の猫なんだろうか。

 って、いやいや。

 メデューサは蛇だ。

 猫じゃない。

 はぁ、身体は動かないし、シロさんも動かない。


 一体いつまでこのままなんだろうか。


 それからしばらくして、身体が動くようになった。


「あっ、動いた」


 ただ、それと時を同じくして、シロさんがこんな事を口にした。


「なるほど、そんなことがあったのですね」


 ここで俺はようやく、シロさんの語尾に『にゃ』がついていない事に気がついた。


「シロさん。

 いや、あなたの目的は何ですか?」


 事と次第によっては、戦闘にもなり得る……ごくりっ。

 心臓の鼓動が、どんどん大きく、早くなっていくのを感じた。


「私の目的、それは……」


 太陽が雲に隠れ、シロさんの顔が少し暗く、とても怖く見えた。


 シロさん……。


「ハースさんの隠し事を暴くことです……にゃ!

 それより、さっきのあなたって何ですか……にゃ!

 私はシロ……にゃ!」


「あれ?

 いつものシロさんだ」


「もう、私はずっといつものシロです……にゃ!」


 この人は大きな声を出そうとしても、そこまで大きくならない。

 でも、そこが魅力だと言える。


「あっ、じゃあさっきの猫眼にゃがんというのは?」


「私の猫眼は、相手の記憶を探る力があります……にゃ。

 あと、見えない魔力で相手の身体を固める力もあります……にゃ」


 あぁ、忘れてた。

 そういえばこの人、魔王軍幹部なんだっけ。


「それで、俺の記憶は面白かったですか?」


「はい。

 生まれた当時の記憶や親の記憶などは一切見つかりませんでしたが、シェルヴィ様を尊く思っていること、無の空間で悪魔アスモデウス、アース・シューベルトの2人に出会ったことが分かりました……にゃ」


「うわぁ、本当に記憶が見れるんですね……」


「はい、それはもうはっきりと……にゃ」


 シロさんはニコッと笑った。


 俺にはその笑顔が何を意味しているのかさっぱり分からなかったが、記憶の中に恥ずかしい内容のものが無かったことにただ安堵した。


 それにしても、シロさんはなんて幸せそうな顔をしているんだ。


「ハースさん。

 私の水着姿、控えめに言って最強でしたか……にゃ?

 なーんて、言ってみたり」


「ん?

 今なにか言いました?」


「いいえ、ただの独り言です……にゃ」


「そうですか」


 何はともあれ、シェルヴィ様を守れて本当によかった。

 これで俺も、少しは世話役らしくなれただろうか。

 

 ふと空を見上げると、雲の隙間から差し込む『天使の梯子』と呼ばれる日の光が、俺の曇った心を晴らすかのように魔王城を明るく包み込んでいた。

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