第26話 シェルヴィ様は泳ぎたい!(1)

「おいハース、我は今無性に泳ぎたいのだ」


 とある暑い日、俺の部屋でスライムクッションに座り、扇風機の風を浴びるシェルヴィ様が呟いた。


「おっ、いいですね!

 今日はちょうど学校が休みですし、この前釣りに行った川なんか気持ちよさそうじゃないですか?」


「うむ。

 でも1つ、重大な問題があるのだ……」


「重大な問題……ですか?

 でもその前に、いちごシロップのかき氷です」


「うむ、ご苦労なのだ。

 まずは1口……パクッ。

 う、うまうまなのだぁ……!

 ……じゃなくて、我は泳げないのだ」


 へぇ、何でもそつなくこなすシェルヴィ様に意外な欠点が。

 でも、恥ずかしがらず自分の欠点を口にできるなんて、流石はシェルヴィ様です。


「じゃあ、俺と一緒に練習しましょう。

 この城なら、プールの一つや二つありますよね?」


「まぁ、あるにはあるのだ……。

 でも……」


 う~ん、シェルヴィ様の顔がすごく曇ってる。

 まぁ、流石に練習してはい終わりとか、そう簡単にはいかないよな。

 あぁ、こういう時、親ならなんて声をかけるんだろう。


 ……あれ?

 ってことは、ママさんに聞けばいいじゃん。


「あっ、シェルヴィ様。

 少し用事が出来たので離席しますね」


「うむ……」


「もし何か食べたくなったら、キッチンに置いてある箱から好きな物を取って食べてください」


 俺は空間転移で部屋の外に出た。

 でもまずは、聞きに行く前に現状を整理しておこう。

 シェルヴィ様に泳ぎたい気持ちはあるが、それに伴う恐怖心か何かが邪魔をしている。

 そして、この状況を打破する案をママさんからもらう。


 「よしっ」


 そして、俺は再び空間転移で魔王城2階にあるママさんの部屋の前へ移動した。

 目の前にあるドアには、オシャレな字体で『ヒュース』と書かれている。


 しかし、ここは本当にママさんの部屋なんだろうか。

 というのも、特別ドアが豪華ということも無ければ、防犯対策が施されている感じもない。

 俺が使っている部屋との違いをあげるなら、ドアノブが丸いタイプじゃないということくらいだ。


「ふぅ、ママさんの部屋なんて初めてだ……ごくりっ」


 俺は恐る恐るドアをノックした。


「あの、すみません。

 シェルヴィ様の世話役のハースですが、ママさんはいらっしゃいますか?」


「「「はーい」」」


 あっ、ママさんの声だ。

 ふぅ、落ち着け。

 丁寧に会話だ、丁寧に会話……。


 それから少しの間廊下で待っていると、中からヒュースさんが出てきた。


「あら、どうしたの?

 あなたが来るなんて珍しいじゃない」


 ママさん、今日のお召し物は赤い薔薇柄のドレスか。

 お美しい……。


「はい、突然すみません。

 どうしてもママさんに聞きたいことがありまして……」


「そう。

 なら、シェルヴィ関連ね」


 マ、ママさん鋭い……。


「はい……」


「分かったわ。

 上がってちょうだい」


「あっ、いえ。

 すぐ終わりますのでお構いなく」


 あれ……。

 これはお言葉に甘えてが正解だったか?

 いやいや、今はとにかく集中しろ。


「あら、そう。

 それじゃあ、私に話というのは?」


「はい。

 実は、シェルヴィ様が泳ぎたいとおっしゃったので、泳ぎを教えようかと思ったのですが、水に対して恐怖心があるのか顔が曇ってしまって、どうしたらいいか分からなくなってしまった……という話なんですけど……」


「ハースあなた、シェルヴィのことになるとほんとよく喋るわね……」


「あっ、すみません」


 そんなこと言われても、特に意識してるわけじゃない。

 というか、改めて言われるとすごく恥ずかしい……。


「別に謝ることじゃないわ。

 それより、シェルヴィに関するアドバイスを1つ」


「助かります」


 さぁ、待ちに待った実親からのアドバイス。

 何が来る……。


「シェルヴィは……」


 シェルヴィ様は……。


「ご褒美に弱いの!」


 あっ、親バカだ!

 あれ?

 このセリフ……前もどこかで……。

 まぁいっか。


「あの子はご褒美のためなら、どこまでも頑張れる。

 だからね、ハース。

 あなたが今与えられる1番いいご褒美をチラつかせてみて」


「はい、やってみます!」


 ご褒美……ね。


「うん。

 私も楽しみにしてるわ」


「それではこれで失礼します。

 貴重なお時間、ありがとうございました」


 俺は空間転移で部屋を後にした。


「はぁ」


 しかし、俺がいなくなった後も、ママさんはドアを開けたまま立っていた。


「ハースはそんな話をするためだけに、私の部屋に来たの?

 ほんと、意味が分からないわ。

 だってそうでしょ。

 シェルヴィが頑張る理由なんて、ハースにいい所を見せたい。

 それだけでもう、十分じゃない」


 ママさんはそう言うと、ゆっくりドアを閉めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る