第24話 渓流釣り

「ふぅ、お待たせしま……した……」


 あ、あれ……?

 バチバチと音を立て、俺の目の前で散る火花。


「我が先に釣ってやるのだ!」


「今日釣りを始めたような甘ちゃんに、うちが負ける訳ないにゃ」


「ぐぬぬぬぬ……!」


 俺が2人の元へ着いた時、もうすでにアマゴ釣りが始まっていた。

 しかも、お互い気に入った岩に座り、真剣勝負といった様子だ。


 ……ってなわけで、おそらく俺の声は2人に届いていない。

 あれ、おっかしいなぁ。

 確か俺は、シェルヴィ様に呼ばれて走って来たんじゃ……。

 まぁいっか。


「俺も釣りしよっと」


 それにしても、ここはこれぞ大自然って感じの場所だな。

 所々紅葉している木々、ゴロゴロとした岩、川底まではっきり見える透き通った綺麗な水、鳥のさえずり、近所にこんな場所があるなんて……正直幸せすぎる。


 でも、ここは上流。

 少しでも深い場所に足を踏み入れれば、容易く流されてしまうだろう。

 身の危険はすぐ近くにあるということも忘れてはいけない。


 その後、俺は2人から少し離れた川沿いを歩いていた。


「うわっ、なんかここ釣れそう」


 そして、何となく水草が密集する地帯に仕掛けを落とした。


「あっ、そういえば……付け替え用のイクラ持ってきてないや。

 実質1回勝負ってか。

 よっしゃ、やってやらぁ!」


 しかし、仕掛けを落としてから5分、10分と時間が経っても、全く釣れる気配がない。


「もしかしてこの川……魚いないとか!

 って、そんな訳ないよな」


 俺のイメージだと、割とすぐ餌につられた魚が食いついてくるって感じだったんだけどな……。


「場所移動するか」


 と、その時。


「おっ、釣れたのだ!」


「うちもにゃ!」


 2人の嬉しそうな声が俺の耳に届いた。


「えっ、魚いたんだ……」


「どれどれ……。

 ふっふっふ、我の方が大きいのだ!」


「シェルヴィ様、それは鯉にゃ……。

 全く、どうやって釣ったのにゃ……」


「なっ……!

 我のは……アマゴではないの……か……」


「ま、まぁまぁ……立派だと思うにゃ……」


「なんでそんなにボソッと言うのだぁぁぁああ!」


 姿は見えないが、とても楽しそうだ。


「よしっ、俺も頑張らないと」


「あ、あの……ハースさん……」


 あれ、この声って……シロさん!


「替えのイクラ持ってきました……にゃ」


 わぉ、流石はシロさん。

 こういうのは、視野が広いというのか、注意力に優れているというのか……まぁ、何にせよすごく助かる。


「ありがとうございます」


「それで、釣れましたか……にゃ?」


「いえ、それが全く……」


「ちょっと、竿貸してもらえますか……にゃ?」


「はい、もちろんです」


 俺はシロさんに竿を渡し、代わりにイクラのパックを受け取った。


「ハースさん、魚はこういう流れ込みによくいるんです……にゃ」


 そう言うと、シロさんは高低差によって流れが強くなっている場所に仕掛けを落とした。


「どうして流れ込みなんですか?」


「こういった所では、魚の餌となる川虫が集まりやすいんです……にゃ」


「へぇ、勉強になります」


 そして、仕掛けを落としてからわずか20秒後……。


「おっ、来ました……にゃ」


「す、すごい……!」


 シロさんが竿を上げると、大きな魚が針に掛かっている。


「これはアマゴですか!?」


「いえ、これはヤマメです……にゃ」


 なんだ、ヤマメか。

 でも聞いたことがある。

 確か、塩焼きが上手い……じゅるり。


「釣った魚はどうするんです?」


「こうします……にゃ」


 シロさんはヤマメを針から外し、岩の上に置くと右手を前に出しこう言った。


「フリーズ」


 一瞬シロさんの右目が水色に光ったかと思えば、ヤマメは凍りつき凍死した。


「こうすることで鮮度が保たれます……にゃ」


「な、なるほど……」


 おいおいおいおいおいおい、何さりげなくすごいことしてくれてんの!

 やっぱり、シロさんはかなり腕が立つらしい。


「俺も釣ってみていいですか?」


「もちろんです……にゃ」


 俺は針にイクラを付け、シロさんと同じように流れ込みへ仕掛けを落とした。


 すると5秒後……。


「うわっ、食いついた!」


「ハースさん、ゆっくり竿を上げてください……にゃ」


「は、はいっ!」


 俺は慎重に慎重に竿を上げた。


「はい、お見事です……にゃ」


「ありがとうございます!

 やったぁぁぁああ!」


 俺が釣り上げたのは渓流の女王。

 そう、アマゴだ。


「え、えーっと、フリーズ……ですよね」


「はい」


「よ、よーし……」


 イメージだ。

 魚だけを凍らす、魚だけを凍らす、魚だけを凍らす……来たっ!


「フリーズ」


「ちょっとハースさん右手……!」


「あっ、忘れて……た……」


 ピキィン。


 気づいた時には、川全体が凍っていた。


「にゃにゃ、川が凍ったにゃ」


「な、何が起きたのだ?」


 や、やばい……。

 完全にやってしまった。


「ハースさん、失敗は誰にでもあります……にゃ。

 だから、気を落とすことはないです……にゃ」


 俺を慰めるシロさん。

 しかしこの時、俺の頭の中にこんな声が聞こえてきた。


「……デリートだ……」


「え、デリート?」


「……そう、デリートなら直前の行動をやり直せる……」


「分かりました。

 でも、1つだけ教えてください。

 あなたは誰ですか?」


「……ん?……。

 ……僕は、ただの死に損ないさ……」


 そこで不思議な声は途絶えた。


「デリート」


 そして、俺はデリートで凍らせた川を元通りに戻した。


「ハース……さん……?」


「シロさん、今のは2人だけの秘密、ね?」


「わ、分かりました……にゃ」


 その後、俺とシロさんは交代しながら、たくさんの川魚を釣った。


「ハースさん、そろそろ終わりの時間です……にゃ」


「あっ、はい。

 後1匹釣ったら戻ります」


「はい、ごゆっくりどうぞ……にゃ」

 (もう2時間も釣ってるのに、ハースさん楽しそう……にゃ。まるで子供みたい……にゃ)


 そして、俺がレジャーシートに戻ると、シロさんが作ってきてくれたサンドウィッチを食べながらの釣果発表会が始まった。


「まずはハースにゃ。

 どれどれ……にゃにゃ!

 21匹もいるにゃ!

 結構やるにゃ」


「うむ。

 ハースにしてはよくやった方なのだ」


「あ、あはは……」


 俺が釣ったのは、その内の5匹だけなんだけどなぁ……。


「次はシェルヴィ様にゃ。

 どれどれ……にゃにゃ!

 2、25匹も釣れてるにゃ!」


「ふっふっふ、我が負けるはずないのだ」


 流石はシェルヴィ様です!

 シェルヴィ様は腰に手を当て、勝ち誇った顔を浮かべている。

 しかし、15秒後……。


「な、な、な、な、なっ……チーン」


「シェ、シェルヴィ様!

 大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫なのだ……」


 そう、シェルヴィ様が見たのは実力差という現実だった。


「ふっふっふ、うちは30匹なのにゃ!」


「流石はお姉さまです……にゃ」


「もっと褒めてもいいにゃ」


「いいえ、結構です……にゃ」


「にゃ、シロは冷たいにゃ」


 こうして、初めての魚釣りが終わった。


「帰りは飛ばすにゃ!」


「まだ我は釣りたいのだ!」


 帰りの運転がクロさんということ、まだ釣りたいとシェルヴィ様が暴れたことにより、帰りは釣り以上に疲れた。


 そして今日は、帰るまでが遠足という言葉の重要性をよく理解出来た気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る