第10話 デート・ライジング

 神秘で広大な宇宙。

 この宇宙に巣食う悪の生命体・平等なる愛が文明崩壊を狙って地球に潜入した。

 しかし、破壊と略奪を欲しいままにせんとする平等なる愛の前に、敢然と立ちふさがるヒーローがいた。ドラゴンカーセックスの息子である。

 これは宇宙に蔓延る悪と戦う、ホイール・オブ・ドラグーンとその仲間たちの物語である。


   ・


 家に帰ってきた義経は、鼻歌を歌いながら、自宅のクローゼットから今度のデートで着るコーデを選んでいた。

 原宿に行ったときはカジュアルコーデだったが、次はふわもこコーデにした。暦の上では春だが、今はまだ寒い。この服装が動きやすさ的にも一番だろう。ウィッグもショートの銀髪のものに変えたので、原宿にいたときとは別人のような格好になった。

 義経はパフェにありつけるのを楽しみにしていた。他人の金で大盛りパフェを食べる……これ以上の快楽があるだろうか? 自分の金ではないことがポイントだ。奢ってもらう楽しみ……無条件に自分の価値を評価してくれること……そうしたものに義経はとりつかれていた。

 デートの相手と、アフターまで付き合うことはない。義経のデートはあくまで暇つぶし。性的な関係まで許すつもりはない。

 ただデートをすると、承認欲求を思う存分満たすことができる。人間に甘やかされに行く猫のようなものだ。デートを申し込んだ誰もが自分を褒めてくれる。あの恍惚感は何ものにも代えがたい。


 最初にこのコーデをイルドに見てもらおう。そう思って、義経は着替えてガレージに向かった。

「じゃーん」

 そんな義経を見て、イルドは困惑しているようだ。

「義経、そんな格好でどうしたんだ?」

「今度、ネットの人とデートに行くの」

「ででで、デートぉ?」

 イルドはたまげたらしい。ライトを目を瞬かせるようにちかちかさせた。

「それは深く愛し合った二人の逢瀬のような……そういうものとは違うのか? ネットの人と言うからには、知らない人のようだが……」

「遊びに行くだけだよー」

「そ、そうなのか……」

 イルドはしばし黙ってから、続ける。

「義経よ、知らない人とのデートとはそんなにいいものなのか?」

「友達と遊びに行くのと変わらないよ」

「そうなのか……俺には君が、君自身を安売りしてるように思えてしまってな」

「それは言い過ぎじゃない?」

「それはすまなかった。俺は君を心配しているだけだが……」

「確かにしつこいヤツも昔いたけどさ、気をつけてれば一大事にはならないよ」

「経験豊富な君が言うなら、大丈夫かもしれないが……」

「もー、過保護すぎだって。僕はもう大学生! 大人なんだから、そんな心配は御無用!」

 自分が大人である、ということは、自分は強いのだ、と同義だと義経は考えている。伊達に化粧やら何やらに手間のかかる女装界隈にいるわけではない。

「僕たち、バディでしょ。そこは信頼し合おうよ」

「うーん……」

 イルドは奥歯に物が挟まったような返事をした。

 自由に生きる義経が堅物でクソ真面目な相棒と分かりあえる日は、まだ遠そうだった。


   ・


「これと、これを……あと、これもください」

 亜久斗は薬局で男性化粧品を買い漁っていた。

 高価な美肌クリームやひげ剃り用品はレジの裏にしかない。亜久斗は持てる財産を費やしてデート当日の美容を最高のコンディションにしようとした。

(これくらい買えば大丈夫だろうか……?)

 買い慣れていないものを買うのは気力がいる。まず何が不足しているかを調べなければ買えない。買ったとしても、どう使えばいいか更に調べなければならない。膨大な下調べと根気で亜久斗はドラッグストアに挑んでいた。


 そして、店員の真後ろにコンドームの箱があるのを見つけてしまった。ギラギラの玩具のようにメタリックでイカす箱は、知らない者が見たらゴムが入ってるとは思わないだろう。亜久斗は自分がそんなものと縁があるなどと、最近まで思っていなかった。

「あ、あのっ……」

 思わず口をついて出る声。

 頭の中で悪魔と天使が交互に言い合う。

『ただのデートなのにゴム買うのか? 馬鹿か俺は。そんな下心で人と会うなんて……汚らわしいにも程があるぞ!』

『いや、備えあればうれしいな! 買っておけ!』

 この勝負は天使が勝った。

 彼女いない歴が年齢の亜久斗は、デートで何をするのかわからない。だから万が一の時を考えて、ゴムを買うことにした。ゴムの箱を指さして言う。

「それも、ください……」

 亜久斗のゴムを買う金がレジスターの中に消えていったが、ドブに捨てるよりはまだマシであった。


   ・


 数日後の日曜日。

 義経は遊園地の駐車場から出て、正門の柱にもたれかかって人を待っていた。

 予定の時間の五分前。義経は時間に関してはきっちり守る方だ。隙間時間はダウンロードした漫画を読んで過ごす。そして約束の時間になった時、デートの相手が現れた。

 スラリと高い背。黒いサングラス。アロハシャツの上に裾の長いカーディガンを着て、下にはGパンを履いている。背中にはリュックサックときた。季節感がチグハグだが、本人は格好いいと思っているのだろうか?

 しかし、顔はいい。端正な顔立ちに、ウルフカット風に仕上げた後ろ髪は、並みのモデルにいそうだ。ただ、その面影に何か幼いものを感じられはする。

「つねきちさん……ですか?」

 アロハの青年が語りかけてくる。

「愛の戦士さんですね?」

 義経はぱあっと笑顔を見せた。青年、愛の戦士……亜久斗はそのまぶしさに一歩たじろいでしまう。本物のコスプレイヤーの笑顔は、癌細胞すら死滅する輝きを放つ。


「お会いできて嬉しいです……あの、こういうの、私は不慣れでして……」

「そうなんだ。初体験なんだね。力抜いていいよ」

 しどろもどろな亜久斗の手を引き、義経は遊園地へと駆ける。

「今日は目いっぱい遊ぼう!」

 その義経の『陽』のオーラに、亜久斗は目を覆いたくなった。ああ、この子にどこへでも連れてってもらいたい、そう言いたげな表情をしている。

 遊園地内に入ると、子どもたちの黄色い声や手を繋ぐカップル達などの視覚・聴覚情報がどっと流れ込んでくる。

 そして園内を着ぐるみ『まるかわ』が闊歩していた。まるかわは子グマのキャラクターだ。サブカル女子を筆頭に大人気のキャラで、あちこちのショップでグッズを見かけるほど有名だった。

「あー、まるかわー!」

 義経は着ぐるみに夢中になって駆け寄る。

「ね、ね、愛の戦士さん! 写真撮って!」

 義経はまるかわの肩に手を回し、亜久斗にスマホを出すように促す。お、おうと亜久斗はうやうやしくカバンからスマホを取り出し、ぼそぼそ「撮りますよ……、はいチーズ……」と言いシャッターを押す。亜久斗は写真を撮るのは慣れていないので、写真が少し逆光気味になってしまった。

「バイバーイ」

 まるかわに手を振る義経。まるかわの着ぐるみも手を降って返した。


「まるかわ……お好きなんですか?」

 亜久斗が訊く。義経はうんうんと元気よく頷く。

「大好き! 一見可愛いだけのマスコットキャラなのに、裏設定がすごいんだよね」

「アッ……自分も、まるかわのそういうところが好きです。可愛いだけのマスコットキャラではなく、まるかわたち、まるかわ族は成長すると獅子舞や悪鬼のような怪物に進化してしまうというのがシビアでいいですよね。まるかわたちが怪物にならないよう管理する、鎧を着たキャラクターもいいキャラしてますね。まるかわたちはその人たちのもとで働かなければ日銭を稼ぐことができず、資格を得るために日夜頑張るまるかわの姿には心を打たれます……」

 自分の知っているジャンルに話が移るやいなや、ものすごい早口で喋り始める亜久斗。興奮のあまりときどきイントネーションがおかしくなる。義経は嫌な顔一つせず、うんうんと亜久斗の話を聞いている。こういう時は相手の好きなだけ喋らせて、ほとぼりが冷めるのを待つのが常套手段だ。

 それにしても、黙ってればイケメンなのにな、と義経は思う。


 まるかわの好きなところを一通り喋り倒した後、二人は園内の奥まで歩いていくのだった。

 義経がきゅっと亜久斗の手を握ってやると、亜久斗の顔がみるみる赤くなる。

(完全にドーテー! ちょっろ!)

 こいつは毟り取り甲斐があるな、と義経は心のなかでイヒヒと笑った。

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