第9話 サイバーク・アゲン

 才羽亜久斗は帰ってから一人、薄暗い部屋で悶々としていた。机の上にはデスクトップパソコンと、平等なる愛を呼び出すオカリナが置かれている。

 一人暮らしの彼を待つ者はいない。

 彼が『平等なる愛』と出会ったのは、両親と死に別れた数日後だった。

 両親は共に病死した。病名は誰もが知っている感染症だった。

 父親は才羽財閥の社長で、莫大な遺産が亜久斗に転がり込んできた。しかし、齢二十歳の亜久斗には遺産より親を失ったショックの方が大きかった。

『父さん、母さん……金だけ残して俺に何しろって言うんだよ……』

 そう亜久斗はよくごちていた。

 金だけはある。が、まだろくに人生経験も積んでいない若者が独り社会に放り出されてしまった。父の側近だった連中は、遺産目当てで接触してくるのがバレバレで、それを知っている亜久斗はそうした連中と一切会おうとしなかった。


 亜久斗はひきこもるようになった。誰も信頼できず独りぼっちの彼に味方はいなかった。食事はすべてウーバーイーツ。何かをする気力が湧かず、なんのあてもなく寝て起きてを繰り返す毎日。カーテンの隙間から漏れてくる日光だけが、ゴミだらけの彼の部屋を照らした。自分が何のために生きてるかもわからなかった。


 ある日、亜久斗は『神様』と交信した。仏壇に埃が溜まり、掃除しようとしたときその声が聞こえた。

『迷える地球人よ……』

 誰かに後ろから肩を掴まれ、呼びかけられているように亜久斗は思った。

『お前に使命を与える……』

『誰だっ?』

『我々は平等なる愛。異星より来りて、世界を愛に染める者……』

『俺に何の用だ?』

『我々は地球の無機物に生命を与え、楽園とすることを目指している。お前の思考は、我々と近しいものがある。地球の悪しき文明や悪しき人類を駆逐し、愛を広げ伝えるのがお前の役目だ。悪しき文明や人類に害をなす者を見つけたら、オカリナを吹き異次元にいる我々を呼ぶのだ……』

 頭の中に響いてくる声は神のものだ、と亜久斗は思った。神が自分に使命を与えたのだ。

『神様……俺がそうしたところで、人間界はよくなるのでしょうか?』

『我々には力がある。しかし、地球上で我々だけではその力を発揮できないでいる。契機が必要なのだ。そして、その契機を生み出すのは亜久斗、お前だ』

『しかし俺はそんな大それたこと……』

『お前は人間界が醜いと思ったことはないか? 悪い連中ばかり甘い汁を吸い、善良な市民が虐げられているとは思わないか? これは通過儀礼なのだ。人間の世界を平らにならし、生まれ変わらせるためのな……』

 気付くと仏壇の中にオカリナが置かれていた。このオカリナの中に、先程会話した神がいるのか。

『俺は……生きている理由がある……?』

 青いオカリナを手に取り、亜久斗は正義のために戦うことを決意した。


 亜久斗は身だしなみを整えて仮面とマントを身に着け、愛に殉じる戦士となり、自身をサイバークと名乗った。一人称も『私』に変えた。平等なる愛の囁きをもとに、財閥で次元間航法の技術を進めた。またSNSで汚職政治家や迷惑系ユーチューバーの居場所を突き止め、世直しと称しオカリナで平等なる愛を召喚してぶちのめした。

 彼は自分を正義と信じて疑わなかった。自分がダークヒーローの様に感じていた。人間界が自分の働きで少しずつ良くなっていると錯覚していた。


 彼の行動が阻まれたのは、この前が初めてだった。それも、スーパーヒーロー然とした機械竜にだ。あれと比べると、亜久斗のほうが悪者のような気分になる。

「あいつは……あの竜は一体何者なんだ。なぜ私の使命の邪魔をする……」

 自分の行動方針は間違っていないはずだ。だが、あんな敵対勢力がいるとは思わなかった。


 亜久斗はスマホを起動させ、自身のSNSアカウントを開く。彼は『愛の戦士サイバーク』名義でアカウントを運用していた。知ったかぶりの自称知識人たちを相手にレスバする毎日。あの手この手で粗を探し、相手を言い負かすのは快感だった。一般ユーザーでありながらフォロワーは二万人。ちょっとした有名人だった。


 最近はコスプレイヤー『つねきち』の投稿を確認するのが日課になっていた。コスプレイヤーであるつねきちは、毎週末に自撮りを上げている。先週のうさみみパーカー姿の『彼女』の自撮り写真は可愛かったなぁ、と亜久斗は回想する。女の子らしいフリフリの衣装から中性的でクールな服装など、ジャンルに拘らない様々なオシャレを『彼女』はしていた。

 『つねきち』とはダイレクトメールでやりとりしていた。何とはなしに相互フォローになり、たまにリプライでやりとりしている。ダイレクトメールでも、どうでもいい雑談を二人の間で交わしていた。

 デートいつでも受け付けます。『つねきち』のプロフィールにははっきりそう書いてあった。

 なら自分にもチャンスはあるはずだ、と亜久斗は考える。


『こんにちは。あなたのフォロワーのサイバークです。今週の日曜日に会いませんか。多摩のほうにある弩愚魔どぐま遊園地で遊びましょう。園内においしいパフェの店もあるみたいです』

 『つねきち』はよくパフェの写真を上げている。亜久斗は東京の観光名所を徹底的にリサーチし、知る人ぞ知る、最高のパフェを出す店を探し当てていた。その店は遊園地内にあった。

 これなら行けるはずだ。亜久斗は勇気を出して送信した。

 返事はすぐ返ってきた。一言。

『いいですよー、何時にします?』


「ふふふふ……」

 不気味に笑う亜久斗。そしてタガが外れたように大爆笑した。

「あーっはっはっはっ!」

 亜久斗はデートのことを思うと胸が高鳴った。

 自分は選ばれた人間! こうして有名コスプレイヤーとデートできる! 引きこもっていた頃の彼とは比べ物にならないほど、今の彼は充実していた。


 邪魔をする竜さえいなければ……。


 いや、今はつまらないことを考えるのはよそう、と亜久斗は思った。来週末の楽しみに向けて、美容院に行ったりオシャレな服を買ったり、自分を磨くことが先決だ。あわよくばコスプレイヤーと付き合えるかもしれないのだから……。

 普段世直しをしているのだ。このくらいのご褒美はあってもいいだろう。当日は最高のコンディションで臨もう。

 亜久斗は将来にワクワクを感じていた。


   ・


 義経は授業中もスマホを見ている。

 こないだ原宿に行った時の写真を上げ忘れていたことに気付いた。色々あった日だから、別にいいかと思い、写真は上げないでいた。

 男の娘であることを公にしているコスプレイヤーはたくさんいるが、義経はあえて性別不明で通していた。そのほうがミステリアスな雰囲気が出て、カッコいいと思ったからだ。

 別に嘘をついているわけではない。プロフィールに性別を載せていないだけだ。


 さっきも『愛の戦士サイバーク』というアカウントがデートを申し込んできた。

 こうした手合いは義経には慣れたもの、そして獲物でもあった。

「今週のパフェゲット〜♪」

 人の金で食べるパフェほど美味しいものはない。義経はダイレクトメールを送ってくる人々とデートし、必ず奢らせていた。奢りで大盛りパフェを食べる時に義経は恍惚を感じる。

 さて、デートの時は何を着ていこうかな。

 授業を上の空で聞き適当にノートを取りながら、義経は今後の予定を考えていた。

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