名状し難いその何か

そばあきな

名状し難いその何か


 朝目が覚めたら、「ソイツ」はいた。


 ジブリ映画『となりのトトロ』で登場する「まっくろくろすけ」の、マスコット的可愛さを排除したような真っ黒な存在が私の枕元でふよふよと浮いている。


 最初は大きな埃かと思った。

 しかし、いつまで経っても地面に落ちてくることなく、こちらをじっと伺っているような様子に、次第に生き物のような意思を持っているのではないかと思い始めた時。

 そこから口が生えて、その存在は陽気にこちらへ語りかけてきたのだった。


「久しぶり! しばらく君の近くにいるからよろしくね!」

「うわあ! 喋ったあ!」


 しかも語り口がフランクすぎる。

 話しかけられるにしても、もっとおどろおどろしい内容かと思っていたから、余計驚いてしまった。


 しかし、会話は一応通じるらしい。

 恐る恐るにはなるけれど、私も目の前の存在に話しかけてみることにした。


? 私、あなたに覚えがないけど」

「君は覚えてないかもしれないけど、昔会ったことがあるんだよ。その借りを返しに来たのさ!」


 そうは言われても、こんな見た目のものと仲良くなった覚えはない。

 もしかして目の前のこれは仮の姿で、本体は別の姿だったりするのだろうか。


 周りを見渡して目についたのは、先週行われたフリーマーケットに訪れた際に購入した置物のランプだった。

 映画『アラジン』に出てくる魔人のランプに雰囲気が似ていて、幼い頃その映画が好きだった記憶が蘇り、インテリアに置きたいと思って購入したものだ。


 もしかしてこれが……と推測しながら、私は真っ黒な存在に対して口を開く。


「……質問してもいい?」

「何なりと」

「……ここから出て来ましたか?」

 そう言って、部屋のテーブルに置かれたランプを指さして質問する。

「もしかしてランプの魔人か何かだと思ってる? ランプこすっても帰らないからね?」

「なんで詳しいんだ……」


 初めに見た時は、見た目から「まっくろくろすけ」に近いと思った。

 しかしこちらに喋りかけて何かに答えてくれるとなると、映画『アラジン』に出てくる「ジーニー」か、インターネットで質問するとその答えを当ててくれるというランプの魔人「アキネイター」という方がしっくりきた。


 しかし向こうは、その例えをあまり気に入っていないようだった。


 人間でも動物でもないと分かるただただ真っ暗闇の存在が、私の目を見て少しだけ体を揺らした。


「魔人じゃなくて妖精ね! そこ大事だからね!」

 どうやら向こうにもこだわりがあるらしい。

 この見た目で妖精なんだ、と思いながら私はひとまず落ち着くために息をついた。


 とりあえず今すぐ何かしてくるような存在ではないらしい。

 放っておいても害はなさそうだと判断し、いつもよりも遅く家を出る準備を始めることにした。


「別にここにいてもいいですけど……外ではあまり干渉しないでくださいね。一人で喋ってるやばい人だと思われたくはないので」

「気をつけるね。借りを返したくて来たのに、迷惑をかけてしまったなら申し訳ないからさ」

「……借りを返す相手、本当に私で合ってます?」

「合ってるよ。だから来たんだよ」


 そうは言っても覚えがない。

 もしかすると思い出すかと思って姿をまじまじと見たが、やはり何度見てもその形状に懐かしさはなかった。


「思い出そうとしても無駄だと思うよ。過去に会った時の記憶は綺麗に消去されてるからね」

「じゃあ覚えがないのは正しい反応ですね」

「まあね。しばらくいるからよろしくね。分かんないことがあったら聞いてもいいよ。分かる範囲であれば答えてあげるからさ」

「やっぱりランプの魔人じゃ……」

「妖精ね! そこ大事だからね!」



 食い気味に魔人説を否定する、名状し難い形状の自称「妖精」は、その日から私の周りをうろちょろしては話しかけて笑っている。


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