2001

お前が黙れ

 優翔は吹奏楽の名門、普門ヶ丘学園高等部に進学した。

 道半ばにして倒れた莉子の遺志を継ぐ、という気持ちもあったし、吹奏楽に限らず音楽活動の盛んな学校なので、きっと良い経験になるだろう、との期待も込めての選択だ。

 伯父の推薦のおかげなのか、あるいは中学時代に吹奏楽コンクールで優翔が見せた指揮者としての類い希な才能が認められたのか。ほとんど無試験に近い特別枠での入学を果たした。特待生なので授業料も全額免除だ。

 これでは、伝統と格式に彩られた音楽の名家めいかのご子息たちから、黙れ平民! などと虐げられる要素が満載だ。音羽家と違って、穂関の家はこれまで音楽で著名な人物は一人も出ていないのだから。

 実際、嫌な圧力を感じた事がなかったわけではない。けれども、優翔が初めて吹奏楽部の指揮台に立って以来、少なくとも表だって悪く言う者はいなくなった。圧倒的な実力を前にして、つまらないやっかみを口する余地はもはやないのだろう。

 それと入れ替わりのように、何人もの女子に遠巻きに付き纏われる日々が始まった。中学の時と同じだ。今に始まった事ではない。適当に一人の女子生徒を選んで付き合い始めた。その子が特別に好きだったわけではない。策略だ。

 優翔の取り巻きの女子たちは、何人なんぴとたりとも高嶺の花に手を出してはならない、という不文律を勝手に作って守ろうとしていた。だから直接的な行動をとろうとしない。だが優翔は特定の一人と交際を始めた。それは、ひょっとして私でもイケるんじゃね? と他の女子に思わせる効果を発揮した。意識を改めた女の子たちは怒濤のように優翔に群がってきた。

 優翔は来る者は拒まなかった。シュルツンイェーガー女たらしの二つ名は伊達じゃない。寮ではなくマンションを借りているので、まあ、何というか。うん、そういうことだ。

 だが。

 もしかするとそれは、どんなにどんなに強く激しく望んでも決して再び見る事のできない莉子の笑顔の面影を求めてさまよう、空しくて悲しい行為だったのかもしれない。もちろん、どれだけ多くの女の子と親しくなろうとも満たされる事はなかった。

 いったい何人の女子生徒と親密になったのか優翔自身まったく把握できないままに高校生活は過ぎていった。だがもちろん、音楽の勉強に余念はなかった。女の荒波を泳ぎながらも女に溺れる事なく日々努力を重ねた。

 優翔の指揮で、普門ヶ丘学園高等部は三年連続で吹奏楽コンクールの全国優勝を果たした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る