零れ落ちた夢

 夏休みが終わって二学期になった。

 勝高は二人きりの時以外、大介を無視するようになっていた。上級生のレギュラーや同学年のレギュラー候補とばかり付き合っているようだ。

 仕方ない、と大介は思っている。自分と彼らとでは人間としての価値が違うのだから。持って生まれた素質や環境が同じではない以上、人は平等なんかじゃない。

 いつしか大介は、ただ黙々と生きる、という事を覚えた。暗い、しかし生ぬるい心地よさがあった。望まなければ悔しい思いをする事はない。夢を見なければ絶望しないし、求めなければ裏切られない。

 進むべき方向を見つけられないままに日々は過ぎ、大介は二年生になった。春の大会で凄まじい活躍をした勝高は、突然、卓球をやめてしまった。わけが分からなかった。

 あるとき大介は、何かやる事はないか、とレギュラー候補の後輩に訊いた。すると彼はつまらなそうに言った。ネットの代わりに立ってろ、と。

 いいだろう。意思がなくて、もの言わぬネットとなろうじゃないか。ただそこに存在するだけの人間。それが俺だ。

 やがて大介は、一度も試合に出る事なく引退の日を迎えた。

 卓球部に最後まで所属し続けた事で、あとに何が残ったのだろう。やりきった充実感? 仲間たちと共に過ごした思い出? それとも、レギュラーを支えたのだという誇りなのか。

 どれも違うように思えた。

 何の意味も無い三年間を過ごしてしまったという空虚な喪失感。それが最も近い気がした。

 諦めなければ夢は叶う

 呪いのようにのしかかって来るその言葉は、大介の心を閉塞させるだけだった。

 そんなのは、たまたまうまくいった奴が言う事だ。大介にはそうとしか思えなかった。素質と努力の掛け算に運の要素が加わって能力となり、実績が生まれる。素質のない者がいくら努力しても無駄に時間を過ごすだけだ。ゼロの素質に一億の努力を掛けてもゼロだ。

 その事に気づいていながら、できもしない事にこだわり、やめるのが怖くて意味もなくやり続けた。俺は、そういう選択をしたのだ。

 大介は、諦める事を諦めていた。

 何も成し遂げられないままに人生はさかずきから零れ落ち、やがてせいが尽きて死ぬ。

 そんな気分のまま、大介は中学校を卒業した。

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