ヒーローは、やられ役の向こうに

仮面大将G

ヒーローは、やられ役の向こうに

「たあーっ!!」


「ぐあああ!やられたー!」


 いつものセリフの繰り返し。今日も俺はやられ役だ。無気力にやられ、そのままステージの下手から捌ける。


 幼い頃に憧れたヒーロー。そんな憧れを実現するために、俺はスーツアクターになった。

 運動神経には自信がある。幼少期から器械体操を習っていたから、バク転バク宙なんてお手の物だ。

 役者ではなくスーツアクターの世界に入ったのも、演技よりもアクションがやりたかったから。

 だけど、現実はそう甘くなかった。

 いきなりヒーローの役をやらせてもらえるわけではなく、最初は敵の戦闘員から。そこからヒーローはおろかメインの怪人すらやらせてもらえず、2年が過ぎてしまった。

 キラキラとした真っ赤なヒーロースーツを眺めながら、俺は今日も黒い全身タイツを着る。


「なーはっは!戦闘員どもよ!この会場にいる子どもたちを攫って来るのだ!」


 メイン怪人の声で、俺たち戦闘員は客席へ走る。嫌がる子ども、喜ぶ子ども、泣き叫ぶ子どもと様々だ。

 あまり泣かれてはショーが成り立たなくなるから、ここは大人しい子を選ぶか。

 そう考えた俺は、状況を把握できずにきょとんとしている小さな子どもを選んだ。


 ステージに子どもを連れて行き、メイン怪人のセリフを待つ。


「よーし戦闘員ども!子どもたちを襲ってしまえー!」


「待てーい!」

 

 ここでヒーローが登場する。いつもの流れだ。そろそろヒーローが走り出て来る頃だろう。


 だが少し待ってもヒーローは現れない。

 どうした?何があったんだ?


 上手の舞台袖でショーのスタッフたちが慌てている様子が見える。

 スタッフたちは小声でどうしようと囁いているようだ。


 俺はこっそりと下手から裏に入り、戦闘員のマスクを取ってスタッフたちに話しかけた。


「何があったんです?」


「ああいや、ヒーロー役のスーツアクターが急に腹痛を起こしてしまって……。ショーは中止にするしかないかもしれない」


 ショーを中止に?それはダメだ。子どもたちはヒーローショーを観に来ているのだ。決してただ怪人に捕まりに来ているわけではない。

 ここでショーを中止したら、「ヒーローは来てくれなかった」という意識を子どもたちに植え付けてしまうことになる。それだけはダメだ。


「すまない、俺の体調管理不足だ……」


 ヒーロー役のスーツアクターは、声に悔しさを滲ませる。


「誰か代わりのスーツアクターがいればいいんだけどねえ……」


 諦め気味に呟くスタッフの声を聞いて、俺は無意識に言葉を発していた。


「俺が……俺がやります!」


「え?君が?」


 ヒーロー役のスーツアクターとスタッフは目を丸くし、俺を見ている。


ああ、何言ってんだ俺は。いきなり俺がヒーロー役なんてやれるわけがないじゃないか。ただの戦闘員なんだぞ。

 だが、話し出した口は止まらない。


「俺はアクションに自信があります!セリフは録音してあるはず。もう2年も戦闘員をやっているんです。ヒーローの動きくらい、頭に入っています!」


 腕を組んで悩むスタッフ。後ろで他のスタッフたちがひそひそと何かを話している。俺を見る視線は、冷たいものだ。

 これはダメだろうな。俺がヒーロー役なんて、やっぱり無理だったんだ。

 俺は2年も戦闘員だけをやってきた男。いきなりヒーローになんて、なれるはずがなかったんだ。諦めて前言撤回しようと口を開きかけたその時、ヒーロー役のスーツアクターが口を開いた。


「分かった。君に任せよう。どの道中止か代役を立てるかしか選択肢は無いんだ。頼むよ」


「ちょ、ちょっと何を言うんですか。いきなり彼にヒーロー役なんて……」


「だが俺は出られない。彼に任せる以外に解決法があるか?」


 少し考えて、スタッフは首を縦に振った。


「分かりました。なら彼に任せましょう。さあ、早くヒーロースーツに着替えて!」


 俺は急いで黒い全身タイツを脱ぎ捨て、真っ赤なヒーロースーツに着替える。ヘルメットを被ったら、俺の背中を誰かが押した。


「待たせたな子どもたち!今助けるぞ!」


 気づいたらステージに上がっていた俺は、録音してあるセリフに合わせて動きを取る。


 そして怪人たちとのアクション。メイン怪人が銃のプロップで俺を撃つアクションをすると、炭酸ガスが吹き出す。それをバク転で避け、飛び上がった俺はキックを繰り出す。俺の右足が、メイン怪人のスーツを掠める。


 そんなことを繰り返していたら、いつの間にかショーは終わっていた。


「ありがとうヒーロー!」


「最高だったよ、ヒーロー!」


 子どもたちの声が聞こえて来る。だが俺の心には少しばかりの罪悪感があった。


 俺は本物のヒーローじゃない。ヒーロー役ですらない。ただの戦闘員なんだ。君たちを攫った張本人なんだ。


 ぐちゃぐちゃの気持ちでステージ裏に戻ると、ヒーロー役のスーツアクターが俺を抱きしめた。


「最高のショーだったよ!俺の代わりを務めてくれてありがとう!」


「いえ、ただ俺は……」


「ピンチで人を助けられる君は、本物のヒーローだ!憧れるよ。君のようになれるよう、俺も頑張ることにするよ!」


 その時、俺の心に温かいものが流れこんで来た。マスクで見えにくい視界が、滲んで更に見えにくくなる。

 俺は無言で、ヒーロー役のスーツアクターを抱きしめた。



「たあーっ!!」


「ぐあああ!やられたー!」


 いつものセリフの繰り返し。今日も俺はやられ役だ。


 だけど、全力でやられて、素早く捌ける。戦闘員でも全力でやるんだ。

 いつかまた、誰かの憧れになれるように。

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