六畳憧憬

雪村灯里

あこがれ

 都内の1K6畳間で、俺の新しい生活が始まる。


 俺は新里にいさと蓮司れんじ、18歳。この春から大学生だ。初めての一人暮らしに期待で胸が高鳴っている。

 

 大学が始まれば友達や彼女が出来て、この部屋で多くの思い出を作るだろう。タコパや鍋パ、麻雀も覚えたい。それに、あんな夜やこんな夜……。俺は社会に出るまでの4年間、モラトリアムを満喫する!


 先程、引っ越しも終えて両親も地元へ帰った。まだ荷物が少ないこの部屋は、6畳なのにとても広く感じた。


 親戚のつてで紹介してもらったこのアパートは、大学からも程よい距離で、スーパーやドラッグストアなども近い。

 しかも築浅の一階角部屋。風呂トイレ別、室内洗濯機置き場有り、エアコン完備、風呂は追い焚き機能付き。クローゼットと住人向けの無料Wi-Fi完備、日当たり良好ときた!


 高い要素しか無いのに……この部屋、相場よりかなり安いのだ。しかも、前の住人が置いて行った家電を使って良いとまで言われた。おかげで、引っ越し費用がかなり浮いたのは言うまでもない。


 まさか、事故物件なのでは? と疑い、内見時に同じアパートの101号室に住む大家、田辺たなべ絹江きぬえさんに聞いてみた。御年80歳の物腰の柔らかい、編み物が似合いそうなご婦人だ。彼女の答えは『事故物件では無いわよ?』だった。


 ――それなら、いいか。


 この部屋を契約して正解だった。先程、アパートの住人に挨拶をしに行ったら……みんな可愛かった。


 俺の部屋の真上、205号室に住むのは同い年の、ミステリアスで憂いを帯びた女の子。冴島さえじまりんさん。その隣、203号室の住人は人懐っこい可愛いギャル、柏木かしわぎヒナタさん。


 そして俺の隣部屋、103号室に住むのは、天城あまぎゆかりさん。少しだらしないけど、大人の色気が漂うお姉さんだ。


 ――これは期待していいのだろうか? ドラマやアニメならラブコメが始まる要素しかない。憧れていた独り暮らし。幸先さいさきがいい。


 布団を被り眠りに就こうとした、その時だった。


 ――ガタガタガタ……


 また、異音が聞こえた。このアパート、唯一欠点としては時々異音が聞こえる。地響きのような……近くに線路も大きな道路も無いのに不気味だ。


 目が冴えてしまったので、スマホで心理的瑕疵物件しんりてきかしぶっけんについて調べ始めた。


 へぇ、賃貸は事件発生から3年間は告知義務があるのか……このアパートは築2年だ。つまり……


 ――ガタン!!


 クローゼットから大きな音が鳴った。クローゼットには荷物らしい荷物を入れてない。なのに、なぜ鳴った?


 やっぱりこの部屋、おかしい……!


 クローゼットの扉に手を掛けたら、勢いよく開いた。なんと、中に居たのは隣の住人、天城ゆかりさんだ。


「天城さん!? どうしてこんな所に!?」

「蓮司君、急いでいるの! 早くこっちに!」


 彼女は俺の手を引いてクローゼットの中へと引っ張る。


 ――まさかラブコメ開始か? それとも変な人だった??


 なんとクローゼットの壁には、ぽっかりと黒い穴が空いていた。彼女はその穴に俺を突き落とす。


「なぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 真っ暗なウォータースライダーを滑っているようだった。すると光が見えた! そして俺は尻餅をついて到着する。どうやら椅子の上に着地したようで、そこは電子機器やモニターが四方を囲む小さな部屋だった。


 ――まさか……デスゲーム!?


 モニターにウインドウが2つ現れて映像が映し出される。そこにはアパートの住人、冴島さんと柏木さんが映っていた。しかも二人は体のラインが分かる、ぴちっとした変わった服を着ている。訳が分からないので、モニターに向かって叫んだ。


「冴島さん!? 柏木さん!? これなんですか? 助けてください!!」


 声は彼女達に届いたようだ。冴島さんは驚いて悲しい顔をする。


「蓮司君もギガンテスロンに乗ってしまったのね……」

「なんですか? ギガンテスロンって?」


 俺の問いに、ギャルの佐伯さんが嬉々として答えた。


「平和を守る巨大ロボットだよ! 1回の出動で3万! 敵の殲滅せんめつに成功すれば成功報酬2万! 腕が鳴るね~。レンジ君! 負けないからね!!」


 ――ロボット!? 敵の殲滅!? 安くないか!?


 愕然がくぜんとしていると、モニターのウインドウがさらに増えた。そこには、俺を突き落とした天城さんが映っている。しかも彼女は青いジャケットを羽織って、だらしない雰囲気は消えていた。真剣な目つきの彼女は俺達に向かい言葉を放った。


「全員そろったわね! それでは指令からお言葉よ!」


 メインモニター全体に新たな映像が映し出される。それは……

 

「大家さん!? 絹江さん!?」


 神妙な顔をした絹江さんはティアドロップのサングラスをかけて手を組んでいた。俺の声を聞くと静かに話し出す。


「蓮司君、今は指令とおよびなさい。みんな、知っての通り今日から新人の蓮司君が入りました」

「そんな! 俺、ロボット動かせなですって!!」


 俺の抗議に、天城さんがフォローを入れる。


「蓮司君! 大丈夫!! こっちでアシストするわ♡ 音ゲーみたいに、タイミング良く指定されたボタンを押してね♪」


「そんないい加減な!?」


 しかし、俺を無視して全ては進む。


「じゃあ、三人とも頼みましたよ」

「みんな~頑張れ♡ 頑張れ♡ ギガンテスロン全機発進!!」


「「イエス! マム!!」」


 ――嘘だろぉぉぉぉ!


 こうして俺の憧れていたひとり暮らしは、ラブコメでも心霊ホラーでもなく、ロボット戦記物として始まったのであった。


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六畳憧憬 雪村灯里 @t_yukimura

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