一目惚れ

ロッタ

一目惚れ

 私が目良正人めらまさとさんとお付き合いできたのは、ほとんど奇跡だと思う。


 同じ職場の社員である目良さんは、女子社員から密かな人気を誇る男性だ。端正な顔立ちと、凪いだ海のような瞳。生まれつき視力が弱かったせいでかけている眼鏡も、彼の持つ理知的な雰囲気を引き立てている。私もまた、彼に憧れる人間の1人だった。


 そんな目良さんの恋人は、家で飼っている様々な動物たちだった。会社の飲み会で珍しく酔った彼は、上気した頬をいつになく緩ませて、ペットがいかに可愛いかを語る。


「チワワはね、可愛いんですよ。餌をねだる時に、大きな目を潤ませて見つめてきて」


「うちにはシャム猫がいるんですけど、この子も美人なんです。目の周りの黒い毛と、ビー玉のような青い瞳のコントラストが綺麗だ」


「セキセイインコもいいですよ。うちの子は『アルビノ』って言って、白い身体につぶらで赤い両目が印象的で……」


 いつも寡黙な目良さんが、酔うと自分のペット自慢を始める。そのギャップに、その場にいた女子社員は全員心を奪われた。私だってそうだ。彼の隣で一緒にペットの世話をする。そんな将来を夢見てしまうくらいに。


 でも、これだけペットが大切なら、恋人はいらないかもしれない。彼の語り口には、そう思わせるだけの熱意があった。


 だから驚いたのだ。飲み会の帰り、同じ駅に向かうからと連れ立って歩いていた私の肩を、不意に目良さんが掴んだことに。


 大きくて骨ばった手の感触に、私は動きを止める。目良さんはまじまじと私を見つめ、小さく「いい」と呟いた。聞き返すのを待たずして、目良さんは続ける。


「どうして今まで気づかなかったんだろう。あなたがこんなにも綺麗なことに」


 あまりにも熱烈な口説き文句に、私の顔は真っ赤になったに違いない。目良さんは私の肩から手を離すと、今度はその手を私の頬に添えてきた。人差し指で愛おしそうに目の下をなぞられ、変な声が出そうになる。


「僕と付き合ってくれませんか」


 強い意志を感じる告白。断るなんて選択肢はなかった。小さく頷いた私の瞼に、彼はそっとキスをする。


 こうして、私は目良さんの彼女というポジションを手に入れた。どうして私と付き合おうと思ったのか。理由を尋ねると、目良さんは決まって同じ言葉を返した。「一目惚れみたいなものです」と。


 目良さんとのお付き合いは順調だった。休みの日は一緒に目良さんのペットのお世話をし、夜は2人でゆっくり過ごす。いつか夢見た将来をそのまま形にしたような幸福に、私はすぐに溺れた。


 一つ気になるのは、彼がキスをする場所だった。普通は唇や頬にするものなのに、彼はいつも瞼にキスをする。決してそれ以上を望まない。それは、私を物足りない気持ちにさせるのと同時に、今までの彼氏とは違う純粋な愛情を感じさせた。


 でも、幸せな日々は長く続かなかった。歩道を歩いていた私に、居眠り運転のトラックが突っ込んできたのだ。


 幸い命に別状はなかったけど、私は両足をひどく骨折した上、体中を包帯で覆われた。しかも、医者の話では後遺症が残るかもしれないらしい。たくさんの管に繋がれた私を、目良さんが変わらず愛してくれる保証はなかった。


 病室に目良さんが来た時、私は思わず「見ないで」と呟いた。


「今の私、包帯だらけで、全然可愛くないから……」

「──そんなことありません」


 目良さんはベッドまで歩み寄ると、じっと私の顔、もっと正確に言うと私の目を見つめて言った。


「あなたはいつも綺麗だ」


 ありがとう。そう言いたいのに、強烈な違和感が私の舌の動きを鈍くした。彼は私を「いつも綺麗だ」と評した。どう見てもいつも通りではない私の姿を見て。普通は恋人が事故に遭ったら、もう少し体の具合を気にするものではないだろうか。


 そこまで考えたところで、私の脳に嫌な考えが生まれた。思えば思うほど、違和感は確信へと変わっていく。


 チワワは大きな目が可愛い。シャム猫は青い瞳が綺麗。アルビノのセキセイインコはつぶらで赤い両目が特徴的……。そうだ、彼が執着しているのは、いつだってたった一つ。


「──ねえ、目良さん」

「何だい?」

「どうして、私のことが好きなの?」


 脳裏に浮かんだ考えを否定したくて、私は尋ねる。目良さんは何を当たり前のことを聞いているのかと言いたげに、何度か瞬きをした。次いで優しい笑顔を浮かべると、いつかのように人差し指で目の下をなぞる。いつもなら嬉しいそれが、今の私には怖くてたまらない。獲物を狙う捕食者の動作。


「言ったでしょう? だって」


 そう言って、彼はいつものように私の瞼にキスをした。


 涙が頬を伝うのを感じながら、私は唐突に理解した。彼はきっと、私を見捨てないだろう。私の世話も率先してやってくれるだろう。私の目に、光が宿っている限りは。それを嬉しく思う私の目は、きっと彼の好みに合うだろう。私もまた、彼と同じ、歪んだ愛情の持ち主だった。

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一目惚れ ロッタ @popcornha_shio

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