憧れのヒーロー

ムネミツ

憧れのヒーロー

 「ふう、大学の剣道部の稽古はレベルが違うなあ」


 三日月が出ている夜空の下。

 竹刀袋を背負った赤いジャージ姿の青年が、住宅街の通りを歩いていた。


 中肉中背で精悍な顔付きにソフトモヒカンな髪形と体育会系の青年。

 彼の名は面影ツグオ、体育大学の学生である。


 月を見ながら歩いていたツグオがふと足を止め、目の前の公園を見やる。

 同時に、公園から男の悲鳴が響き渡った。


 「何だ? 事件か! 仕方ない、今行くぞ!」


 ツグオは公園へと駆け出す。

 正直、厄介ごとに首を突っ込むのは嫌だ。

 だが、ツグオには首を突っ込まねば気が済まない理由があった。

 命を助けられた自分が、誰かの命の危機を放置して良いのか?

 答えは否だ!

 助られておいて、誰かを助けないなんて心のバランスがおかしくなる。


 "いつか君も、誰かを助けられる人に育ってくれ♪"


 ツグオを助けてくれたヒーローの言葉が、彼を動かす。

 助ける為には心身の強さが必要だと、剣道を習い始めて今に至る。

 今が憧れのヒーローの言葉を実行する時だ!


 走りながら竹刀袋から木刀を一本取り出す、もう一本は背負った袋の中のまま。

 予備の武器であり、背中を守る防具の代わりだ。


 「止めろ貴様ら、非道は許さん!」


 公園に飛び込んだツグオは、躊躇う事無く相手の背後を取り黒づくめの人型の化け物である戦闘員の頭部に木刀を振り下ろす。


 「ギギ~~!」


 ツグオの一撃で戦闘員が倒れて消滅し、彼の存在が気づかれる。


 「貴様、何者だ!」

 「ああ、誰だか知らないがすまない! 助けてくれ!」

 「はい、そちらこそ逃げて下さい!」


 ツグオは木刀を振るい、まだ目の前にいた戦闘員を打ちのめし公園内に飛び込む。

 そして、明らかに人外の怪人と腰を抜かしてへたり込んだ白衣の学者っぽい老人男性の間に割り込んだのであった。


 「おのれ、我等タタリアンの邪魔をするものは誰であろうと許さん!」


 百目と呼ばれる妖怪に似た怪人が叫ぶと、虚空から戦闘員のお替りが出現した。


 「こっちこそ、人々を襲う悪魔は許さん!」


 ツグオは木刀を八相に構えて警戒する。

 体育大学に進学したのも、剣道を続けて来たのもすべては憧れの為!


 「ふん、ヒーロー気取りの愚か者め死ぬが良い!」

 「ヒーローに助られた命は無駄にしない、体育大学の剣道部員を舐めるな!」


 百目怪人がけしかけた戦闘員達に、木刀一本で必死で立ち向かうツグオ。


 「ぐ、腰が! あの勇気ある若者に対して、このおいぼれができる事は一つ!」


 白衣の老人は、勇気を奮い立たせ腰の痛みに抗い立ち上がると懐から野球ボールサイズのカプセルを取り出す。


 「何をしているんですか、早く逃げて下さい!」

 「いや、これを君に託す! 誕生せよ、新たなヒーロー!」

 「げげ、ジジイ! それはもしや裏切り者の魂!」


 ツグオ、白衣の老人と百目の怪人の言葉と思いが飛び交う。

 そんな中、老人はカプセルをツグオへと投げつけた!


 ツグオに当たったカプセルから閃光が発せられ、周囲を白き光が包み込む。

 ツグオは、何処とも知れぬ空間にて悪魔のような黒き異形の戦士と対峙していた。


 「あ、あなたは魔界戦士ザビエル! 死んだはずでは?」


 状況はわからないがツグオは目の前の戦士、かつて幼い自分を救ってくれたヒーローに対して叫ぶ。


 「そうだ、誰かは知らないが勇敢な青年よ! 君に私の力を託す!」


 ザビエルの方は、ツグオの事を理解していなかった。

 翼を広げた蝙蝠型のバイザーのマスクの異形の戦士ザビエルは、光の粒子と化してツグオの体に吸い込まれる。


 「……う、俺の中に力と勇気と知識が刻まれる!」


 ツグオの全身に血管が浮き上がり、目と心臓から炎が噴き出て彼を赤き仮面の戦士へと変貌させた!


 「おお! 青年とヒーローの魂が一つになった!」

 「げげ! おのれ、戦闘員共ではらちが明かん! 百目光線!」


 老人がツグオの変身に喜び、百目の怪人が焦りながら攻撃を行う!

 だが、放たれた光線はツグオの体から噴き出た炎が打ち消した!


 「貴様の好きにはさせん! 火炎パンチ!」


 炎の戦士と化したツグオが、お返しだと突き出した拳から火炎弾を発射。


 「ぐわ~っ! 貴様、ただの人間だったはずだ! 一体何者だ!」


 吹き飛ばされた百目怪人が、立ちあ上がって叫ぶ。


 「俺か? 俺は魔界戦士ザビエルの魂を受け継いだ男、炎人フレイムだ!」


 ツグオ改め、炎人えんじんフレイムが名乗りを上げる。

 ヒーローに憧れた男は、憧れと同じ境地に立ったのだ!


 「グヌヌ、新たなヒーローが生まれてしまったか! ならばこの場で、その芽を摘み取るまでよ!」

 「そうは行くかな? 必殺、フレア剣!」


 フレイムは右手に猛禽類の頭を模した鍔とナックルガードの付いた西洋剣を握る。

 フレア剣の鳥の頭の口から突き出た剣身に炎が灯った!


 「こけおどしが! 白兵戦で勝負だ!」


 百目怪人も、棘付きメイスを召喚して振るう!


 「危ない!」


 フレイムは老人を担いで飛び退き、再度前に出る。


 「フレア剣、五芒星アタック!」


 フレイムは燃え盛る剣で五芒星を描き、百目怪人へと射出する!


 「何の、撃ち返してくれる! ぐわ~っ!」


 百目怪人は飛んで来た炎の五芒星をメイスで殴るも、メイスが爆発した!

 メイスの破片が飛び散り、自分の目に刺さり悶える百目怪人。


 「今だ! 必殺、フレア斬り!」


 フレイムは、自分の武器が西洋剣である事など考えず己が学んだ剣道の飛び込み面を叩き込んだ!


 「ギャ~~ッ! この怨み、忘れんぞ!」


 フレイムの攻撃は面を打っただけでなく、百目怪人を両断しながら焼き尽くした!


 「こ、これは! 何と言う力だ!」


 敵を倒した事よりも、手にした力の制御が出来てない事に驚くフレイム。

 精神的ショックで、元のツグオの姿に戻る。

 現場に残るのは、焼け焦げた地面だけであった。


 「取り敢えず、この場は退散するか。 すみません、ここを出てから事情を聞かせて下さい!」

 「ああ、落ち着ける所で話そう。 私の研究所へ来てくれ!」


 ツグオは白衣姿の老人と共に公園を抜け出した。

 この日から、彼の平凡な人生は激変する事になる。


               憧れのヒーロー・完

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憧れのヒーロー ムネミツ @yukinosita

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