妖魔、徒花4


 修は水球に取り込まれる直前、肺を空気で一杯に満たしていたが、飲み込まれた時の衝撃で半分以上を吐き出してしまう。


「ぐあっ!?」


 修の吐き出した空気は水球の上部に気泡として集まり、次第に水球から排出されていく。



 この水球攻撃は修にとって想定していないもの。

 霧や濁流を意のままに生み出す水を司る妖魔なのだから、これくらいは想定していなければならなかったと修は深く後悔をしていた。

 

 水球に包まれた修は、上下の感覚も無くし、どちらが天でどちらが地面なのかも分からなくなっていた。


 とっておきの手段のために身を潜めていた麗も修を見失ってしまったショックでパニックを起こしているようだ。


「修さん!修さん!大丈夫ですか!?」


 隠れていた意味が全くなくなってしまった。


「ククク、憐れな子供がもう一人、隠れているのではないかと想定はしていたけれど、自ら出てきてくれるなんてとても幸運な事。二人揃ってヒトモドキに堕ちるがいい。そして────」


 アチラコチラから反響する声色で徒花がそう言った。


 このままでは麗までもが水球に囚われる事になってしまう。

 修は麗に逃げるように伝えようと口を開いてみるが、ただただ空気を失うだけ。


 さらに半分近く空気を失ってしまい、修の意識は遠のく寸前だった。


『ああ、こんなことなら天狗の言うことを聞いて、ちゃんと修行しとくんだったな。そうしたらテレパシーくらいはまともに使えたかもしれないのに』


 修はそんな弱気な事を考え、自信の敗北を悟っていた。

 せめて、麗だけでも助かる方法はないのか。そんな事を考えていた。


 そんな時、水球に外側から誰かが触れた。

 修からは誰が触れたのかを視認する事は出来なかったが、次の瞬間、水球は粉々に飛び散ったのだ。


 水球から解放された修は、ケホケホと噎せながらも新鮮な空気を吸うことができた。


「良かった。間に合いましたね」


 噎せる修の周りには氷が沢山散らばっていた。

 何者かが水球を氷に変えて助け出してくれたのだと修は理解をした。

 そして同時に、強力な妖力も感じていた。


 今、修が持つ最大の妖力よりも巨大な力。


 恐る恐る声をかけてくれた人物の方を見上げる。


 その姿を見て、修は驚愕をした。


「れ、麗……なのか?その姿は?」


 目の前に立っているのは間違いなく麗だった。


 綺麗な顔立ち、青い瞳。そして、────綺麗な黒髪の所々がブリーチで白く脱色されたように白くなっている。


 更には、麗の周囲には冷気を纏っているようだった。

 それを示すように、麗の周囲には霧は存在できず、ダイヤモンドダストのようにキラキラと空気中で光り輝いている。


「大丈夫ですか?あとは任せてください」


「何がどうなってんだ?」


「さあ、私にもわかりません。でも、こうすれば氷漬けにできるって事はわかるんです」


 そう言うと、麗は掌を川の対岸の方に向けた。

 そこには徒花がいて、新たな水球を作り出そうとしている所だったが、麗の力の前に、水球は氷の塊となり重力に引かれるまま、地面に落ちると爆ぜた。



「なんだお前は!?私の妖術に干渉してくるなんて……まさかお前は……ユキ────」


 徒花がそう言い終わる前に、予備動作なしに麗の姿が修の前から消える。


 そして────徒花の前に現れると、麗は徒花の胸元の辺りに触れた。


「お、お前、な、何をする!?」


 修は離れた所から見ていた。しかし、麗から放たれる巨大な妖力を見逃さなかった。


「殺しはしません。少し、眠ってください」


 つい先程、修がそうされていたように、徒花の周りに巨大な氷の塊が形成されていく。

 氷漬けにされてもなお妖魔らしく徒花にまだ息はあるようで、目だけでギョロリと修を睨みつけた。


「これで、しばらくは大丈夫なはず……です」


 麗はそういい終えると、その場にパタリと倒れてしまった。


「れ、麗!」

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