カッパの里8
二人が鍋を食している間、徒花が鍋に手をかける事は一切なかった。
しかも二人が食事を終えると、徒花はすぐに鍋の片付けに入ってしまった。
これでは余りにも不憫だなと思った二人は、せめて片付けだけは手伝おうと、家の外に出ていった徒花を追いかけた。
扉と呼ぶには余りにも粗末な木の板を押し開けると、そこに徒花の姿はなかった。
なんなら家の中では気が付かなかったのだけれど、外は雨が強く降っていた。
雨が降れば土はぬかるみ、足跡が残りやすくなるはず────
それなのに、徒花の足跡は一つも見当たらなかった。
雨が消し去ってしまったはずもない。
二人が後を追いかけたのは、徒花が家から出ていって十秒と経っていなかった。
それなのに、姿はおろか、足跡すら残っていない。
何か行き先にヒントになるような物はないかと、修は半里眼を使い暗闇に目を凝らす。
「嘘だろ……」
修は思わず独り言を言ってしまう。なぜなら修の
変わりにおかしな物は見つける事が出来た。それは家の裏手側に転がるように置かれていた。
亀の甲羅のような物。引き剥がされた緑色の皮のような物。それに割れてしまった皿のような物。
「どうかしたんですか?」
修が壁になって外の樣子を見ることが出来ない麗が身を乗り出して外を見ようとするが、修はそれを静止した。
家の正面を覗いた所で、半里眼を使えない麗には家の裏手を見る事は出来ないだろうが念の為だった。
「家の中で待とう。外は強い雨が降ってる」
修は妙な胸騒ぎを覚えていた。
妖怪、怪異、妖魔に纏わる事件の臭いを感じ取ってしまったからだ。
修は気が緩んでいた事を反省し、家の中に引き返すと火鉢の前に腰を下ろした。
そのすぐ横に麗も座る。
麗も何かに感づいたのか、一言も発しない。
雨が藁に打ちつける音と、強風の音、火鉢がパチパチと燃える音だけが支配していた。
その間、修は自らの行動の浅はかさを呪っていた。
そもそも、この家にやってくるきっかけになった霧の事。天狗の言っていた『サービスはここまでだ』の意味。
暗に
勝手に解決した気になっていたが、まだ修も麗も渦中にいるのだ。霧の事件から地続きに繋がっているのだ。
きっと、今回の事件に徒花も関わっている。修は家の裏手に転がっている、怪しげな物的証拠を脳裏に浮かべながらそう考えていた。
修が一人だったならば、今すぐにでも家を飛び出して、妖に立ち向かっただろう。
しかし、こちらには
大雨の降る暗闇では夜目の利かない麗は足手まといになるだろうし、家に一人で置いておくのも危険だ。
徒花が今回の事件の関係者であろうと被害者であろうと、麗を一人にする事は出来ない。
気を張って周囲を警戒して、日が昇るのを待つしかない。
修はそう判断をしたのだ。
どのくらい時間が経っただろうか。一時間。いや、二時間くらい経っていたかも知れない。
気がつけば、二人はウトウトと船を漕ぎ始めていた。
かろうじて目は瞑っていないが、今にも瞼が落ちてきそうな装幀。
この時、もう事は起こってしまっていたのだけれど、修はその事に気がつける程意識がハッキリとしていなかった。
建付けの悪い家だ。嫌でも勝手に換気はされる。決して一酸化炭素中毒になってしまっている訳では無い。
あやかしの毒牙に二人揃ってかかってしまっていたのだ。
意識すればするほど眠気は増していく。
気がつけば、お互いにもたれかかるようにして背を預け、夢の世界へと落ちて行ってしまったのだ。
───────────────────────
『今回はオナゴを守りながら良くやった。天晴であった』
普段、そんな事をしないはずの天狗が修を褒め称える。
天狗だけではない。いつも厳しく修を指導する臣一も満足げな表情を浮かべ、静かに繰り返し頷いていた。
武雄も嬉しそうに拍手を繰り返し、麗はキツそうな見た目とは裏腹に、優しく微笑んで修の頭を優しく撫でる。
『今回は修さんのおかげで命拾いまでしちゃったし、本当に偉い。天狗さんも、カッパさんも救われましたし。みんなの英雄ですね』
「ヤメロって」
麗の手を振りほどいたがそう悪い気持ちはしないなと修は感じた。
最後はこんな気持ちで死ねたのなら幸せだろうなとも思った。
死ぬ……?なぜ俺はこんな事を考えているのだろう。修は自分自身の思考に疑問を覚える。
────さん!
──うさん!
────修さん!起きて下さい。大変です!
気持ちの良い夢を見ているのに、誰かが修を起こそうとしている。
修は快眠を邪魔するなんて許せない。そう思ったが、次の瞬間に違和感を覚える。
……夢?
瞬時に修は夢から覚醒すると、パチリと目を見開いた。
辺りを見回して見ると、修と麗はなぜか広い川の中央に浮かぶイカダのような物の上に居て、麗が焦った樣子で修の体を揺さぶっていた。
「良かった、起きてくれて。修さん大変なんです!」
そう言いながら川の上流の方を指さす。その指先の方に視線を向けると、黒々と濁った濁流が修と麗を飲み込まんと迫ってきていたのだ。
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