カッパの里7

 修が目を覚ますと、横に走る数本の柱が目に入った。

 その柱の上には、剥き出しで藁のような物がピッシリと敷き詰められているのが見えた。


 修が寝ていたすぐ横では、火鉢のような物がありパチパチと音を鳴らし熱を発している。


 身に覚えのない天井に修は戸惑うも、どこからか上がる黄色い声援にその戸惑いは掻き消された。


「修さん!良かった。目を覚ましてくれて」


 何が起こっているのか、修は理解出来なかったが、何か柔らかい物が修におしつけられているのだけは理解できた。


 柔らかい物の正体を探るために視線を下に落とすと、濡れた黒い毛むくじゃらが修の胸の辺りでゴソゴソとしていた。


「麗。そこでなにをしている?」


「なにって、命の恩人が無事なのを確認して感極まっている所です!」


「……それはわかった。でも、その柔らかい物を押し付けるのをやめてくると助かる」


「へっ……?あっ、ご、ごめんなさい!」


 麗は慌てて修から距離を取る。あれ以上押し当てられていたら、どうかしていたかも知れないと修口には出さないがそう思っていた。


「いや大丈夫。麗って結構、着痩せするんだな」


 すぐに誤魔化そうと発した言葉が失言であったと、修が気がつくのは、その後の麗の反応を見てからだった。


「えっ、あのその、……ご、ごめんなさい」


 雪のように真っ白の肌がみるみる紅潮していき、麗は恥ずかしそうに胸元を隠すとそっぽを向いた。


「っていうか、その服どうした?」


 麗が着ていた服は、先ほどまでの、作務衣コートではないし、中に着ていた作務衣でもない。


 なんというか、粗末な青いドテラのようなもので、あちこちが継ぎ接ぎされたものを羽織っていたのだ。


「あ、これは、徒花あだばなさんから貸して貰ったんです。川に落ちてビショビショになってしまったから。ほら修さんも」


 言われて修は自らの服装を確かめてみると、たしかに麗と色違いの紺色のドテラを羽織っていた。


「ちょっと待て。まず、さんてのは誰だ。それと……この服、誰が着替えさせた?」


 修は川に落ちた所までの記憶はあるが、服を着替えた覚えはない。

 つまり誰かに着替えさせられたという事になる。


「わたしがいたしました」


 修の頭の上の方から聞き慣れない声がした。

 艶っぽい女の声だ。歳の頃は修達よりかは上だろう。


 修は慌てて体を起こすと、声の主と対峙するように座った。


 女は修達と同じ継ぎ接ぎだらけのドテラを着て、青白い顔で微笑んでいた。


 綺麗だとは思うが、さちの薄い顔立ちをした女で、長く黒い髪はボサボサで、手入れをしているようには到底見えなかった。


 修は咄嗟の事で言葉がでてこなかったが、それをみかねた女が続けて言った。


「大丈夫よ。よく存じておりますので」


 修はさらに言葉を失ってしまう。

 女にとっては年端も行かない子供をからかっただけの事であったが、若い修は完全に固まってしまった。


「あらあら、お固くなられて。可愛らしゅうございますこと」


 修も麗も女に完全にペースを握られて、何も話さずにいると、女は自分から身のうちを語り始めた。



 女は自らを徒花あだばなとなのり、歳は二十一で、行き遅れてしまったと冗談めかして語った。


 父と二人で人里離れた場所で暮らしていたのだけれど、病気で亡くなってしまったこと。


 村の人間とうまくいっていなくて、差別をされていること。


 村の人間、特に男が怖いこと。村人達から酷いことをされている事。


 修と麗は聞いていて怒りがふつふつと沸いてきて、村の人間に抗議をしようと提案すると、女は二人の提案をやんわりと否定した。


「産まれも育ちもこの村、山でございます。今さらお出ましになる気力もございませんわ」


「別にどこだって行けるさ。徒花さんが無理してこんな所に残る必要もないさ」


「父が遺してくれたこのお家、守り抜きたいのでございますわ」


「それでも───」


「修さん。人にはそれぞれ事情があります。無理強いはよくないですよ」


 熱くなる修を麗が制する。

 何か思う所があるのか、どこか悲しい顔をしているような気がした。 

 修は無意識のうちに、中途半端な神通力で麗の心の色に触れた。

 紫色。麗の心は紫色だった。


 なんでかはわかないが、修はそれ以上何も言っては行けないような気がして、口をつむぐ。

 発言する事によって、麗すらも傷つけてしまうかも知れないという事に気がついたからだ。


「わかった。じゃあ、なんで俺達がここに世話になっているのかくらいは聞いても良いよな?」


「はい。それは私からお話させていだきます」


 麗はそういった後、ボソリボソリと話し始めた。


 川に落ちた後、沈んでいく修を助けようとしていた所、麗も溺れかけてしまい、よく分からない影に助けられた。


 その影に話しかけようとすると、影は何も言わずに霧が霧散するように消えてしまった。


 その直後に川に水を汲みに来ていた徒花とたまたま出会い、びしょ濡れになっている二人を見て不憫に思った徒花は、家まで案内すると、着替えまで用意してくれた。

 との事だった。


「そうだったのか」


 修は徒花の方に向き直り、頭を下げる。


「助けて貰ったみたいで、ありがとう。本当に助かりました」


「子供がそんな事、お気になさらないでちょうだい」


 徒花はさちの薄い笑みを浮かべると、言葉を続ける。


「お口に合いますか分かりませんけれど、お鍋をこしらえてみましたの。どうぞお召し上がりになって」


 徒花の視線の先には、火鉢があって、鉄製の鍋がかけてあった。


 徒花がその横に座り、木製の蓋を取り除くと、室内に何とも言えない芳しい香りが立ち込める。


 それに吊られてか、麗の腹がぐうと音を立てた。


 恥ずかしそうに腹を押さえる麗。可愛らしいと思える情景だった。


「じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます」


「はい。承知いたしましたわ」

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