第2話

「あおいー!」


 私は大好きな彼の名前を必死になって叫んだ。峰川碧。彼の名前だ。

 今回は場所が悪かった。今までで一番、碧の姿が遠くに見えた。

 それでも私は、全力で叫ぶ。大好きな碧に、私の想いを届けたいから。


 キラキラと輝くスポットライトの中に、碧の姿はあった。碧以外にも何人かの姿はあるが、私の目には碧以外は映らない。碧のことを見つけた日から、ずっと。


「今からそっちに行くよー!」


 碧の掛け声と同時に、スポットライトの中にいた皆が走り出した。碧が、私に近づいてくる。私は心拍数を上げた。

 キャー!と言う歓声が上がる中、私はどこか冷静だった。これが、碧を見る最後だと思うと、いろいろな想いが込み上げてきた。


 その時だった。碧が、私の方を見て、笑ったのだ。私を指さして、ありがとうと、口パクした。私は見間違いかと思った。だけど近くには私以外に碧のファンはいない。


 心臓が、ドクンと跳ねた。人生で初めて、碧の視界に入ったのだ。やっと、やっと、やっと!

 私は、膝から崩れ落ちていた。団扇を持つ手が、指先が、足が、震えていた。

 私が団扇に書いた【碧くん大好き】の文字は、彼に届いたのだ。こんなに幸せな気持ちになれたのは、今までの推し活人生の中で初めてだった。


「先日はいきなりの発表で驚かせてごめんなさい。僕、峰川碧は、結婚します。だけど、これからも僕は変わらず活動していきますので、今後とも応援よろしくお願いします!」


 ステージの上で、碧が何かを言っていた。私の周りから、絶叫や啜り泣きが聞こえてくる。

 分かっていた。私の片想いは叶うはずのないものだということを。それでも私は、本気だった。だから、悲しくて、辛くて、どうしようもなくて、しんどかった。

 だからあの発表があった日、私は碧から離れることにした。今日この日を、最後に。私は、永遠の片想いを、今日で終わらせる。


「またね、大好き」


 コンサート会場の外に出て、電車に乗る直前。私は碧に貰った初めてのファンサを噛み締めながら、私の心にあるどうしようもない気持ちを抱きしめながら、そう呟いた。

 さよならではなくまたねと呟いてしまったのは、感情の整理がついたら、次のコンサートにも来てしまいそうな自分の心に、抗えなかったからかもしれない。


 私は、グッと上を向いた。

 私の目からは、水滴がこぼれ落ちていた。

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永遠の片想い 優月紬 @yuzuki_tumugi

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