『エミちゃん』 ~機関銃よりも強いアイドル~

杉戸 雪人

エミちゃん

「ああ、かわいいよエミちゃん。

つぶらな瞳、短くそろえた髪――何よりもそのすらっとした『脚』! ……どうしてみんな彼女の魅力に気がつかないんだろう。


自分だけがエミちゃんの魅力を知っているという優越感に浸るのも悪くないんだけど、やっぱりファンとしては人気投票で一位になってほしいよな。


エミちゃんは他のメンバーと比較しても動きが速い方だし、スタイルもかなりいいと思う。やっぱ脚がいいんだよな脚が。エミちゃんのせいで俺も脚フェチになっちゃった。


まあその……歌唱力はお世辞にも高いとは言えないし、頭もあまり……いやでも! だからこそ愛嬌があるんだよね! ああ危ない危ない。俺だけはファン一号(諸説あり)として、エミちゃんをちゃんと推していかないといけないというのに。


エミちゃんのいいところはもうないのかって? まだまだあるが? 例えば身長がちょうどいいところ。156センチ。うん、ほぼ女性の平均身長だね。もちろんエミちゃんの身長が200センチあったとしても、俺は受け入れる覚悟があるけどね?


あ、そうだ。センチ(戦地)で思い出したんだけど、エミちゃんのご先祖様って機関銃で武装した兵士たちを相手に逃走劇を繰り広げた末、戦争に勝ったらしい。わおって感じだよね。やっぱエミちゃんのご先祖様も綺麗な脚だったんだろうなあ」


男はそこまで語り終えると、満足げな笑みを浮かべてその場を後にした。


「おかあさーん。あのおじさんずっとひとりでしゃべってたー」

「あれは独り言に見せかけて推しを宣伝する高等テクニック――絶対に真似しちゃだめよ」

「はーい」


男の後ろ姿を見送った母娘はしばらくエミちゃんを眺める。


「可愛いわね、エミちゃん」

「うん。でも、ダチョウさんの方がもっーとすき」

「最推しは?」

「ペンギンッ!!!」

「みんな飛ばない鳥ね。来週は水族館に行こっか」

「うん!」


そして誰もいなくなると、看板だけが残される。





エミュー

ヒクイドリ目 エミュー科

Dromaius novaehollandiae


『エミちゃん』

17歳の女の子。推しのアイドル・アニマル・コンテストにエントリー中! 投票してね♪





エミちゃんは「ボン♪ ボン♪」と低い声で歌いながら、キャベツの皮を口でくわえては放り上げていた。

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『エミちゃん』 ~機関銃よりも強いアイドル~ 杉戸 雪人 @yukisugitahito

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