第2話 「ふ、風香ちゃん、またね!」

 そして作ってもらった風香ちゃんとの面会日。

 話せる時間は五分。


 私は風香ちゃんの控室の扉をノックした。中から「どうぞ」と応えがあったのでノブを回して開ける。


 ヘッドドレスに水色と白を基調にしたふわふわのロリータファッション姿の風香ちゃんが、椅子に腰かけこちらを見ていた。


 風香ちゃんは、外見は甘ったるくて軽そうなのに、中身はしっかりしているというギャップで売っているアイドルなのだ。


「あ、あの……」

「なんの用?」

「へ?」


 自己紹介しようとしたらいきなり用件を尋ねられ、私はポカンとしてしまう。


「わたしは大学受験が控えていて忙しいの。あなたなんかに割く時間はないのに、大手事務所の売れっ子さんは気まぐれで貴重な勉強時間を奪ってくる。そんなにあなたは偉いの?」


 会話するのも初めてなのに、なんでこんなに嫌われているのだろうか。

 いや、それより。


「大学受験?」

「だからそう言ってるでしょ。アイドルしてたのも、大学に行くための学費稼ぎだったのよ。なのにそのアイドル業が受験勉強の足を引っ張ってくるなんて想定外だわ」


 私は、歌ったり踊ったりするのが得意だし、自分ではやろうと思わないことも仕事で挑戦させてくれるこの業界が、大変だけど好きなんだけど……。


 風香ちゃんにとっては、芸能界はたんなるお金を稼ぐための場所だったんだ。

 ちょっと悲しいな。


「風香ちゃんは、アイドルしてるの嫌だった? 嫌だけどお金のために我慢してたの?」


 言ってから、こんなの責めてるみたいだと後悔した。

 最近国語の勉強で知った「覆水盆に返らず」ってやつだ。

 風香ちゃんはため息を吐き。


「そんな泣きそうな顔しないでよ。アイドルも、なかなか楽しかったわ。だから、ずっとあなたに負けてるのが悔しかったの。意地悪してごめんなさい」


 私は目が点になった。


「は? 風香ちゃんが私に負けてる? どこが?」


 圧倒的に風香ちゃんの方が頭がいいし可愛いが?


「わたしは、こういう場面ではこうすれば客がこう反応するという『計算』をしながらアイドル活動してたわ。それはそれで効果があったけど、あなたは天然でなんの戦略もなく客を惹きつけ自分のファンにする。勝てないなと思ったわ。あなたは存在がもう『アイドル』なのよ」


 ほ、褒められた?

 褒めてるよね?


 憧れの風香ちゃんに!

 私なんかが!

 存在が『アイドル』だと!


「風香ちゃん!」


 私がずいっと近づくと、のけぞりながらも「なに?」と聞いてくれる風香ちゃん。


「私、風香ちゃんが引退した後もアイドルやる! だから、受験が終わって大学に合格して授業にも慣れて余裕ができたら……一回でいいの。私のコンサートを観に来て欲しい!」


 風香ちゃんが認めてくれた私を、もっともっと進化させて、いつでも最高のパフォーマンスで歌い続けると誓うから。


「合格したらって、わたしの受ける大学は偏差値高いから必ず受かるとは……」

「受かる! 風香ちゃんは絶対合格するもん!」

「わかった。わかったから、手を放して」


 いつの間にか風香ちゃんの手を両手でぎゅっと握っていた。はわわわ、セクハラ!

 慌てて手を放すと、風香ちゃんはふっと微笑んで。


「わたし、受験頑張るよ。そして絶対合格する。いつになるかわからないけど、あなたのコンサートも観に行く。だから、わたしのぶんもアイドル頑張って。約束」


 どちらからともなく小指を絡め「ハリセンボン飲ます指切った」と歌う。

 指をはなしたところで、コンコンと扉がノックされマネージャーが顔を出す。


「もういいかな?」


 ハッとする。

 五分なんてとっくに過ぎているのでは?

 はわわわ。


 きっとマネージャーがスタッフさんや共演者さんたちに頭を下げて、時間を延長できるよう取り計らってくれてたんだ。私は慌てて。


「ふ、風香ちゃん、またね!」


 風香ちゃんはこれも国語で勉強した「鳩が豆鉄砲を食ったよう」な顔をした後、満面の笑みで。


「うん、また」


 と小さく手を振って見送ってくれた。


 なんであんな顔をしたんだろうと思ってはたと気づく、風香ちゃんが引退するまでまだ間があるが、仕事はセーブされている。


 そしてセーブしていながらもなお請け負っている仕事のなかに私と共演するものはない。


 つまり、奇跡でも起きない限りもう会えないのだ。

 なのに「またね」と言ってしまった。


 凡ミスだ。

 けど。


「また、会えたらいいな」


 今度はアイドルではなく、たんなる女友達として。

 なんて思っていると、マネージャーが。


「何ニヤニヤしてるの。ロケバス待ってるから早く」


 と急かしてきて、私は「はぁい」と返事しながら走る。


 きっと私がアイドルを頑張るように、風香ちゃんも大学に行って自分の未来のために頑張るんだろう。


 応援してるよ。

 不安かもしれないけど大丈夫。

 だって、風香ちゃんは私の憧れの人。


 輝いているあなたしか私は知らないもの。

 ずーっと大好きだよ!




 おわり


 **あとがき**


 こんにちは。

 作者の音雪香林おとゆきかりんと申します。

 ここまで読んで下さった方ありがとうございました。


 今作を気に入っていただけたならこれ以上ない幸いです。

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 毎日15:38分に更新。

 4月24日に完結となります。


 事件に恋に盛りだくさん!

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 よろしくお願いいたします。


 以上です。

 読んでいただけたら嬉しいです。

 あなたにも私にも幸運が訪れますように。



 おわり

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【KAC20252】一世一代の、勇気を振り絞っての憧れの人との5分【アイドル】 音雪香林 @yukinokaori

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