初恋は電撃戦の如く

蠱毒 暦

無題 庶民の君は私にとってのアイドル

「憧れの人は誰か。」


そう聞かれたのなら、私はこう答えよう。


私と違い平凡な家庭で育ち、中学2年生の女子の平均的な体格。黄色のハートのヘアピンがとてもよく似合っている黒髪の長髪に、私を魅了してやまない蠱惑的な黒目。


パソコンのモニター上に映る…君であると。


「紅茶が入りましたが…陛下。また日本の町を眺めているのですか?」


「ああ…」


私はメイドに悟られないように、電源を切って、置かれた紅茶を口に含んだ。


「美味い。」


「良かったです。そろそろ、お相手を決められたでしょうか。」


「父上の言伝か…チッ。」


まだ、17歳だというのに…親という奴はすぐに婚約相手を決めたがる。私の長男がろくでなしなのだから尚更か。


私が庶民なら、好きな人と付き合う事は…容易に出来るのだろう。


(う、羨ましい。私も君と同じ、庶民に生まれてさえいれば。ハッ…私の生活を豊かにしてくれた、地位や財力が邪魔になるとは、何て皮肉だろう。)


「まだ考えている…そう、父上に伝えろ。」


「かしこまりました。」


メイドが部屋から去ると、すぐにパソコンの電源をつけた。


「邪魔が入ったが…彼女、彼女は何処に…!?」


……


学校の帰り道。母さんの誕生日のケーキを買おうと、家の近くの商店街を通る。


美玲みれいちゃん、買い物かい?今日はキャベツが安いぞ。」


(家にキャベツがないって…朝、母さん言ってたっけ。)


「折角だし…キャベツ、頂いちゃおうかな。」


「毎度!袋にいれとくよ。」


私に気付いた商店街の人達が、私に殺到する。


「豚肉も安いぜ、美玲みれいの嬢ちゃん。ほら持ってきな。この商店街を救った英雄なんだからさ。」


「わっ、そんな。私は特に何も…っ」


この商店街は本来なら先月の時点で潰れていた。けど、金髪の男がふらりとやって来て…一瞬で何もかも、解決してしまったそうだ。



———彼女に感謝するのだな。



そう…言い残して。


「鯵もいい…ほれ。」


「新作のパン、試食してみないかい?」


「あ、ありがとうございます!頂きますね。あむっ…ん〜♪」


商店街の人達は、わたしが小さい頃から、よくしてくれたからその善意は全て受け取るようにしている。


でも正直、不気味だ…それについては私は本当に、何も関与していないから。



色んな物を貰い商店街を通り過ぎ、曲がり角を左に曲がると禁止テープで、道が塞がっていた。


(ど、どうしよう。)


この道を通らないと…ケーキ屋さんに行けない。立ち止まって困っていると、誰かがこちらにやって来た。


「この先のアパートで盗難事件があってな…悪いが、引き返して…ん?よく見れば、あの時のお嬢ちゃんじゃないか!」


「た、黄昏たそがれさん!」


そこにいたのは数年前にあった、お父さんの職場近くで起きた謎の水害で隣町が壊滅した一件で、お父さんの事情聴取の為に、家にやってきた黄昏さんだった。


「警部と呼べ、警部と…はぁ。昔よりも背が伸びたじゃないか。こんな所でどうした?」


わたしは黄昏さんに事情を説明した。


「母親の誕生日にケーキか。あー。想像するだけで腹減ってきた。」


「良ければ、たい焼き食べますか?商店街でたくさん貰って…」


「おっ、いいのか?なら有り難く…っ。美味い…ここ最近、あの『怪盗』の所為で、ろくに飯を食う時間がなかったからなぁ…」


「『怪盗』…?」


「!?いや、嬢ちゃんが気にする事じゃないんだ…とにかくついて来い。」


「えっ…入っていいんですか?」


黄昏さんが気まずそうに、そっぽを向く。


「たい焼きの礼だ。それと、その重そうな荷物…途中まで持ってやる。」


「!ありがとうございます。」


禁止テープを潜り抜けて、黄昏さんと一緒に歩いて…


「…ここまでだな。ほら、荷物持ってけ。」


「あっ、ありがとうございました!黄昏さん。また、何処かで!!」


「だから警部だと…まあいい。行け…道中気をつけろよ。」


わたしが手を振ると、面倒そうに手を振り返してくれたのを見てから前に進む。


……


ケーキを買った帰り道…不意に雨が降ってきたので、近くの公園で雨宿りをしていると、走ってくる影があった。


「はぁ…はぁ……クソ。びしょ濡れだ。本国との時差があるとはいえ、計算ミスだな…」


金髪で私より年上であろう少年が私が座っている2つ隣のベンチに座り、わたしの方を見た。


「君…はぁ…はぁ…傘、持ってないんだろう?」


「は、はい…その、日本語、上手ですね。」


「…が住んでる国なんだから。死んででも覚えるさ。そ、そうだ…こ、これも…何かの縁だから、ヘックショイ!!!」


私は上着を脱いで、少年の背中にかけてあげた。


「それと…あ。ハンカチありますよ。」


「………………………………」


「あの…大丈夫ですか?」


「やはり……したい。」


「え?」


少年が何かを呟き立ち上がり、上着をベンチに置いてから握っていた黒色の傘をわたしに渡した。


「あ、あの、か、傘。く、くれてや……あげよう。そ、それを、持って…お家に帰ると…い、い。」


目線がどんどん下にいく。顔が真っ赤で…熱があるのだろうか。なら…


「貴方がよければ…家、来ます?何だか…初対面な気がしなくて……」


「家!?!?あ、あは、いや…その、えと、うと…さらばだ、また会おう!!!!!!」


わたしが止める暇もなく、雨の中を駆け出して行ってしまった。


……


「ヘックショイ!!!…ヘッッ…クショイ!!!!」


近くのビルの屋上に待機させていたプライベートジェットで本国に帰国。ふらついた足取りで屋敷の部屋に戻り、ドアを閉めた。



——貴方がよければ…家、来ます?



「ぐ、ぐぉぉ……」


家、家だと。君の家に、この私が!?ダメだ。どう考えても魅力的すぎる…何故あの時、私は断った!?!?彼女と会える口実が出来るチャンスだったのに…


画面越しではある程度、話せるだろうと思っていたのがまず間違っていた。心の何処かで彼女の事を軽く見積もっていたのか…?うぅ……


「嗚呼…なんて、愛おしい…」


画面では、彼女の母親に楽しそうにケーキを振る舞う姿があった。すぐにでも、この天使のような笑顔を私が独り占めにしたい…が。


これは、商店街の時みたく金で解決できない。仮にそれで手に入れた所で、その愛には心が宿らないからだ。


「待っていろ…吉田よしだ 美玲みれい。」


谷口財閥に並ぶ財力を誇るランレンバーグ家の次男である、アルス・リ・ランレンバーグが。


全身全霊を持って、君に好かれる男になり、その上で正々堂々と愛の告白をして、必ず手に入れてみせる………が、今は。


「ん?よく見るとケーキのイチゴの数が一つ少ないじゃないか。ケーキ屋にクレームを…はっ!?躓いて転んだ…ふぅ…か、かすり傷みたいだか、傷が残ってしまうかもしれない…早く病院に電話しなければ!?!?あーもしもし、急患だ。私が誰かなんてどうでもいい。急いで救急車を出せ。そして、これから言う住所に来い。いいか、1分1秒でも早くだ。分かったか!?よし、言うぞ……ックュン!!!」



地位も身分も関係なく…ただ、君の日常を影から守る、そんな熱烈なファンでありたい。

                    了














































































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