永遠の憧れ人

無雲律人

永遠の憧れ人

 ステージに上がる。スポットライトが私を鮮やかに映し出す。ファンたちの大声援、私カラーの無数のペンライト。


「みんなぁ! 今日も来てくれてありがとう! 今日のライブも楽しんで行ってね!」

 

 私は、アイドルだ。それも、ヒエラルキーのてっぺんに位置するトップアイドルだ。


 匠お兄ちゃん、見てくれている? 私はやっと、あなたに手が届く位置まで来たんだよ……! 憧れだったあなたに、やっと近付けたんだよ……!


***


「……っはよー、樹里亜じゅりあ……」

「匠お兄ちゃん! 今日も頭ボサボサ、目やにも付いてるよ? うふふ……」


 匠お兄ちゃんは隣の家の幼馴染だ。私より二歳年上で、今は高校一年生だ。


「昨日もレッスン長引いてさぁ。新しい曲の振付がむずくてさ」


 何を隠そう、匠お兄ちゃんはあのスターサウンドプロダクション所属のアイドルだ。しかも、ただのアイドルじゃない。今老若男女から最も愛される好感度ナンバーワンのトップアイドルなのだ。


「今日も授業は一限までしか受けられなくてさ。まーたレポート提出だよ~」


 匠お兄ちゃんは、将来は大学進学も視野に入れて勉強にも力を入れている。お仕事が忙しくてなかなか授業には出られないみたいだけど、レポートと自主学習のおかげでテストの成績は上位なんだそうだ。


 私達は、学校が同じ方向にあるので毎日こうして並んで通学をしている。匠お兄ちゃんのファンの子達には睨まれているけど、こうして憧れのお兄ちゃんと並んで歩けるなら、多少いじめられたっていいのだ。


***


 あーあ、今日も教科書が一冊無くなっていた。きっと匠お兄ちゃんの熱狂的ファンのあの子達の仕業だろう。ふん、いいもん。今はメルメルで中古の教科書が安く買えちゃうんだから。


 ぽつんと一人の帰り道。帰り道も匠お兄ちゃんと一緒だったらいいのに。


 匠お兄ちゃんがお隣に越して来たあの日、私は一目でお兄ちゃんの虜になった。


 何て綺麗な目をした男の子なんだろう。笑うとちらっと見える八重歯がかわいくて、くしゃっとした表情に四歳の私の心は高鳴った。


 匠お兄ちゃんは小さいころから勉強もスポーツも得意で、小学校三年生の時にはもうすでに芸能事務所から声が掛かっていた。


 匠お兄ちゃんが遠くの存在になっちゃう……私はそう暗い気持ちになったが、匠お兄ちゃんはアイドルになってからもずっと私に優しくしてくれて、大切な存在として扱ってくれた。


 明日は匠お兄ちゃんの十六歳の誕生日だ。今日はこれからケーキを焼いて、明日渡そう。お兄ちゃんの好きなイチゴのショートケーキ。奮発してちょっと良いイチゴを買っちゃおうかな。


***


 夜、寝ていると二十四時過ぎにインターフォンが鳴った。


「ん~……なぁに? こんな時間に……」


 母が玄関に出て誰かと喋っている。あの声は……匠お兄ちゃんのお母さん……?


 五分ほど話して、おばさんは帰ったみたいだった。


「どうしたの? お母さん。おばさん、何の用だったの?」


 母は今にも倒れそうな真っ青な顔をしていた。ただならぬ事が起こった。そう思った。


「落ち着いて聞きなさい……樹里亜……匠君が……」


***


 匠お兄ちゃんは、送りのマネージャーの車に乗っていて、事故に遭い、即死だったそうだ。私は血の涙が出て来そうなほどに泣いた。あまりのショックに一カ月間学校にも行けなかった。匠お兄ちゃんの遺影に縋りついて、朝から晩まで泣いていた。


 匠お兄ちゃんのお別れの会が催され、そこで私は、社長に出会ったのだ。そう、スターサウンドプロダクションの社長に。


***


 あれから二年で私はトップアイドルへと上り詰めた。ウィキ☆スターズのセンター、ジュリアの誕生だ。


 憧れだった匠お兄ちゃんのいた位置に、今私はいる。


 匠お兄ちゃんが見ていた景色、感じていた熱気、努力した道程、全て私も味わうのだ。少しでも匠お兄ちゃんに近付けるように。少しでも、恋をしたあの人の傍にいられるように。


 匠お兄ちゃん……あなたが成し遂げられなかった事、私がきっと叶えてみせるから。アイドルとしてもトップでいるし、大学にだって行ってあなたが勉強したかった心理学を学んでみせる。


 私が、あなたの願いを叶えてあげるから。


 だから、永遠に憧れの人でいて下さい──。



────了

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