第2話 帰り道で刺されたお母さん

山本聡子は35歳の会社員。


人事部で給与計算を担当している。月末月初は忙しく、この日も帰りが9時を過ぎてしまった。


初夏の陽気で夜になってもちょっと暑かった。聡子は紺のスーツとスカート。そしてスーツの下に覗ける白のVネックのカットソーが清楚なOLの印象を与える。まだ20代といっても通用しそうだ。


そんな彼女には小学生の息子がいる。きっとお腹を空かして待っているだろう。


駅の改札を抜けたところで立ち止まり、自宅で待っている小学生の息子に電話をした。


「いま駅に着いたからスーパーで買い物して帰るね」


「うん、早く帰ってきてね」


右手にスマートフォンを持ち、会社からのメールやプライベートのLINEをチェックしながら、歩いていた。


スマートフォンに気を取られて歩いているから、周りの状況をあまり気にしていない様子。


スマホの視線の向こうで、前から誰かが歩いてきているのは捉えていた。その人が自分を避けていってくれると思ったのだろうか。




ドスッ・・・・


顔を上げたがぶつかってしまった。


「すいません・・・」


聡子は謝った。


男はチッと舌打ちをして、背を向けると歩いてきた方向に立ち去っていった。


聡子は再び視線をスマートフォンに向けた。



ん・・・・?



聡子は自分の腹部に何か違和感を感じた。


2、3歩歩いた頃から、腹から何か激痛が走り始めた。



ドクン・・・ドクン・・・


左手で腹を押さえた。スーツの下で生暖かいものが広がっている気がした。



え・・・?!?!




スーツの上着を恐る恐る広げた。




白いはずのカットソーが赤く滲んでいた。




ドクン・・・ドクン・・・




自分の鼓動に合わせてカットソーが赤く染まっていく・・・




スマートフォンを左手に持ち替えて、右手を腹にあてがった。


じっとりとして、滑りのある、温っとしたものが手のひらに纏わり付いた。


帰らなくちゃ


でも、真っすぐに歩けない。


もう一度手のひらを腹にあてがった。手のひらに生暖かいものが広がる。


自動販売機の前で立ち止まり、自販機に背をもたれさせて、改めて手のひらを見た。


自販機から発せられる青白い光に照らされた掌はやっぱり真っ赤だった。



うそ・・・???



私・・・刺された??



どうしよう?



息子は家でお腹を空かせて待っているのに・・・



聡子は右手で腹をできるだけ強く押さえて、左手で家に電話をかけた。


何も知らない息子が元気な声ででた。



「お母さん?まだ?早く帰って来てよ」



「ごめんごめん、そうね・・・は 早く帰らないとね・・・。」



「どうしたの?」



息子は何か様子がおかしい事に気がついたのだろうか。



「ちょっと、お母さん・・・お腹が急に痛くなっちゃったから・・・病院・・・に行って・・・帰るね・・・」



そう伝えるのがやっとだった。 聡子は電話を鞄にしまい、両手で腹を押さえた。



2歩、3歩、歩くのがやっとだった。聡子はついにしゃがみ込んでしまった。



聡子は左手で腹を押さえて、右手で地面をつかむように、這うようにして前に進もうとしている。血は先ほどより勢いよく出血して、地面にはべったりと血が擦り付けるように聡子の道しるべとなって広がっていった。



聡子は仰向けになった。血がまだ流れてくる。手のひらで押さえても意味がなかった。両手を地面にだらりと落とした。血が腹部一面に広がり、血に染まったカットソーが腹に纏わり付いているのがわかった。




ごめんね・・・



お母さんね・・・



知らない人に刺されちゃった・・・



サイレントモードにしている聡子のスマートフォンがひっきりなしにブーブーブーと振動しながら鞄の中で響いていた。

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