雛祭りの思い出

たてのつくし

第1話

 華美なものを好まぬ両親の元で育ちました。


 我が家は私と姉の二人姉妹。娘が二人もいるのですから、当然、五段飾りの豪華な雛人形であっても良さそうですが、どうしてどうして、我が家にあったのは、小振りなガラスケースに入った、お雛様とお内裏様だけの立ち雛でした。木目込み人形だったせいか、こう、十二単の袖がぱあっと広がった感じもなく、本当に、ただただ突っ立っているこけしもどき、と言う感じの人形でした。


 毎年、雛祭りがやって来ると、母は必ず雛人形を出して飾ってくれるのですが、それを見ても、わぁ、おひな様だ、という感じにはならず、いつも、う~む、何かが違う、と言う気がしてなりませんでした。


 雛祭りが近づいてくると、近所の遊び友達の家も、そのお家ならではの雛人形が飾られるわけですが、時代と言っちゃ時代なのかもしれませんが、やはり五段、あるいは三段のお雛様が、圧倒的多数でした。もしお雛様とお内裏様だけだったとしても、髪の結い方や着ているお着物の豪華さが全然違う、と、いつも心の中で思っておりました。


 うちのだけなんか違う。うちのだけ地味。何度も思いましたが、口に出して両親に訴えたことはありません。何せ、小学校に入学したとき、周りはみんな、色んなものが付いた学習机を買って貰う中で、我が家に届いた私の学習机は、学習机だけだったからです。

 まっさらで何もない机に、私が唖然としていると、

「はい、これ」

と、父が置いてくれたのは、デスクライトと一組の木製の本立て、後は手動の鉛筆削りでした。

「○○ちゃんの学習机は、本棚とかデスクライトとか電動の鉛筆削りもついてるやつだったのに、私のはこれだけ?」

さすがに文句を言いました。しかし父も母も涼しい顔で、

「いいの、いいの。ああいうのは、すぐに邪魔になるだけだから」

と、明るく言って、取り合ってはくれなかったのです。


 ま、一時が万事、そう言う両親でしたので、他人様と同じような立派な雛人形など、はなから期待はしておりませんでしたが、やっぱりどうにも納得できない。そこである日、母にこう尋ねてみました。

「これって、どうしてこれなの?」

このお人形、着ている着物も地味だし、こけしみたいだし、二体しかないし、そもそもお姫様感が全くないけど、どうしてなの、という意味を込めて、聞いてみたわけです。

「ああ、これね。これ、おばあちゃんが作ってくれたのよ。自分の持っている着物の端切れを使ってね。おばあちゃん、センスが良いから、素敵でしょ」

「おばあちゃんが作ったものだったの」

その事実に、少なからず驚きはしました。

「そう。最近流行っている、派手だけど安っぽいお雛様とはひと味違うでしょ」

「ははぁ」


 ちょっとくらい安っぽくてもいいから、みんなのうちにあるような、華やかなお人形がよかったなぁと思いましたが、もちろん、口に出しては言いませんでした。

「でもさぁ。二つだけって、寂しくない?」

私が食い下がると、

「あら。なら、他のお人形も一緒に飾れば」

と、母。

「他のお人形?」

「そう。お雛様は、色んなお人形を飾ってもいいのよ」


 それを聞いて、私はすぐさま、おもちゃ箱のある押し入れに飛んでいきました。そこから、お気に入りのコリーのぬいぐるみを始め、家にあるありとあらゆるお人形を引っ張り出し、腕いっぱいに抱えて、お雛様のある居間に戻ります。

 お気に入りのコリーのぬいぐるみの毛並みをブラシで整えると、雛人形の隣におきました。それから熊、猫、小さな馬、クレヨンで顔が汚れたキューピーも丁寧に拭いて並べました。それ以外にも色々、自分で作った紙の女の子、近所の男の子から貰った怪獣の人形も、忘れずにエントリーさせました。


 全て並べ終えると、私は腰に手を当てて、お人形たちを眺めました。雛人形を中心にして、我が家の全ての人形が並ぶは、なかなか壮観でした。地味だった雛人形も、たくさんの仲間に囲まれて、ちょっと華やかになったような気までしてきます。よし、明日、皆を呼んで見てもらおう。私は、人数分の角香箱を折り紙で折り、準備をしました。


 翌日、遊び友達が、我が家にやってきました。いつもの様な子供部屋ではなく、居間に連れて行くと、そこにずらりと居並ぶ山のような人形に囲まれたお雛様を見て、みんな目を丸くして、驚いてくれました。私が昨日作った角香箱に雛あられを入れてを渡すと、瞳を輝かせて喜んでくれました。


 みんなで、ひとしきり人形を眺めた後、雛あられををつまみながら、お喋りをしました。途中で母が、芋けんぴとおせんべいと花林糖の、これまたよそ様と比べて地味極まりない我が家の八つと麦茶を持って来てくれたので、その日の雛祭りは、一層、盛り上がりました。


 雛人形は地味だし、取り囲む人形達も汚れていたりボロだったりでしたが、とても幸せな雛祭りだったことを、今も時々思い出します。



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雛祭りの思い出 たてのつくし @tatenotukushi

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