第1章エピローグ「中学の日々」

 華怜が行方不明になってから、2週間ほど後、俺は中学校に入学することになった。

 本当なら1つ上の先輩として俺を迎えてくれるはずの華怜は、あの後行方が分からなくなったままだ。

 入間さんにも華怜の行方が分からないか尋ねてみたけど、彼女の方でも捜索は続けていたようだけど、全く手掛かりすら掴めていないらしい。

 だけど……俺は信じてる。華怜は死んだわけじゃない。

 訳があって今は俺たちと一緒にいることができないだけなんだ。……それだけなんだ。

 もう何度も転生してきた彼女のことだ。きっと1人でだって生きていける。

 今は無理でも、いつか……必ず再会できるはずだから……!

 そんなことを考えながらの入学初日だった。



 始業式を終えて教室に戻ると、自己紹介の時間になった。

「種吉雄飛です。よろしくお願いします」

 俺が挨拶をするなり、女子生徒たちがザワザワと騒ぎ始める。

「種吉くんってかっこいい!」

「芸能人みたいじゃん……はぁ、目の保養だわ……」

「え、超イケメンなんだけど……!」

 小学生の頃は年上だけにモテていた俺だけど、どうやら同級生たちも俺の魅了の影響を受け始めているようだ。

 自己紹介を終えて席に着く。

「はじめまして! ほ、本官……じゃなくて、お、おれは……あ、秋定涼輔あきさだりょうすけですっ!」

 俺の隣の席の男子生徒が続けて自己紹介をしている。少し緊張した様子で、そのせいか顔を赤くしながら挨拶をしている。

 何度も挨拶で噛んでいて小さく笑いが起きているが、どうやらバカにしている感じではない。

「秋定、しっかりしろって~!」

「あははっ、また噛んでる~」

 なんて、同じ小学校出身であろう生徒たちにいじられていることから、クラスのムードメーカー的な存在なんだろう。

 挨拶を終えた彼、秋定涼輔と目が合った。彼は軽く会釈すると、小さい声で言った。

「種吉くん、隣同士よろしくね」

「あ、ああ。こちらこそよろしくな秋定」

 俺がそう答えると、彼はニコッと微笑んだ。そして黒板の方へと向き直った。

(……まぁ、そう言ってくれるのも最初のうちだけだろう。その内、小学校の頃のように俺はクラスから浮いた存在に逆戻りだろうな……)

 俺は窓の外に広がる青空を見ながら、そんな風に思うのだった。


金沢遊娜かなざわゆなですぅ~。ユナって呼んで欲しいかなぁ? よろしくねぇ!」

 クラス挨拶でひと際目立ったのは、俺じゃなかった。彼女は、中学生になったばかりにも関わらず金髪と紫が混じった派手な髪をしている。いくら自由な校風が売りとはいえ、中学生にしてはあまりに派手だ。

 そしてかなりふくよかな体型で、派手な髪やメイクに反して声はとてもおっとりしている。

「美味しいスイーツとか、お菓子とか、いっぱい知ってるから聞いてねぇ!」

 見た目で少し怖がっていた他の生徒たちも、彼女の笑顔と和やかな口調に安心したようだ。


 そして、もう1人。

 その生徒がスッと席から立っただけで、周りから息を飲む音が聞こえた。

「はじめまして。赤星絵未あかほしえみと申します。東京からおばあちゃんの家を頼って引っ越して来ました。岡山県のことはまだまだ知らないことばかりなので、いろいろと教えてくれたら嬉しいです。皆さん、これからどうぞよろしくお願いします」

 清楚、という言葉がこれほど似合う女子がいるだろうか? 肩ほどの長さに切り揃えられた少しだけ青みがかった黒髪、色白な肌に華奢な体。どこか儚げな印象だが、彼女はとても誠実な声でそう挨拶した。

 男子も女子も、彼女に惹かれる何かを感じたようだ。

「東京……ってすげぇな」

「ど、どうやったらあんなに清楚になれるの……?」

「やっぱお嬢様なんだろうな~」

 そんな声があちこちで聞こえてくるのだった。



「ただいま~」

 家に帰ると、いつものように母さんが出迎えてくれた。

「おかえり~。……始業式はどうだった? ちゃんと自己紹介できた?」

 眼鏡を掛けて、手にはペンを持っている。ファッションデザインの仕事の途中のようだった。

「ああ、うん。まぁ……ね。コーヒー淹れてあげるよ。母さんも少し休憩したら? 一緒におやつ食べながら話さない?」

「うん、ありがと。じゃぁちょっと休憩しようかな」

 母さんはそう答えてから微笑んだ。

 華怜の話題は、あえて出さないようにしている。どうしても暗い話になってしまうから。

 華怜の話題を出すと、母さんは決まって寂しそうな表情をするからだ。そんな表情の母さんは……見たくないから。

 茉純さんは最初のうちは立ち直れなくて、このまま衰弱してしまうんじゃないかと心配したほどだったけど、今はこのマンションの別の部屋に住んでいて、時々この部屋にも顔を出してくれる。

 彼女は今、華怜を探すために平和連合軍の非常勤務員として働いている。

「コーヒー淹れたよ」

「ありがとね、雄飛」


 ここに来てまだ日は浅いけど、東京、および関東圏とはまるで別世界のような平和さだった。

 テレビやSNSで流れる都心5区ことニュー東京のニュースも、同じ日本列島にありながら、ここでは遠い異国のできごとのように感じるほど穏やかな場所だ。

 日本の新首都である香川県に近いこともあって、最近では人口がかなり増加してきているようだ。


 それから俺は華怜、七海との再会を目標に中学生活を送ることになった。

 Ouroborosやその他の連中にいつでも対応できるように、肉体の鍛錬と能力の鍛錬を欠かさない。

 そして"精力"の能力に飲まれてしまわないように、精神的な鍛錬も続けていた。

 学校では女子生徒から、先輩、同級生問わずによく声を掛けられ、何度も告白されるような日々が続いた。

 モテるのは正直悪い気はしない。……だけど、俺の人生には危険や障害が多すぎる。

 俺と親密な関係になってしまえば、いつ危険な目に遭うかわからない。

 だから俺は1人でいたかったんだ。

 そんな素っ気ない態度を取り続けていれば、小学生の頃のように、女子たちはもちろん男子からも嫌煙されるようになるだろうと思っていた。

 だけど、あの日俺の隣の席になった秋定涼輔の存在が、俺とクラスメイトたちをつなぎとめていた。

 クラスのムービーメーカー的な彼とは、俺も気安く話しやすいなと感じていた。

 俺が一匹狼的な態度を取っても、いい具合に彼がクラスメイトたちにフォローしてくれていたのだ。

 秋定はクラスの中で人気者で、いつでも彼の周りには多くのクラスメイトたちが集まっている。

 そのおかげか、俺も小学生の頃よりはクラスに馴染めていたと思う。

 一切の下心なくまっすぐにクラスメイトのために行動できる彼の存在は、クラス内で頼りにされていたし、俺もそんな秋定には好感を抱いていた。

 そんなこんなで、彼とは自然と友人関係を築くことができた。


 秋定以外にすぐに仲良くなれたのが、金沢遊娜こと、ユナだった。

 彼女は秋定ともすぐに仲良くなり、それもあって俺も彼女とはすぐに話をすることが多くなった。

 休み時間に、先生に内緒でこっそりとお菓子を配る彼女もまた、クラスの人気者だった。

 そんなある日、彼女は俺に突然打ち明けた。

「あたしさぁ~、前世の記憶があるんだよね~。転生者ってヤツなんだ! 雄飛ちんもそうでしょ? 異常にモテるもんねぇ~」

 そのカミングアウトは衝撃的だった。

 同じくらいの年齢では、華怜以外に初めて出会う転生者だったからだ。

 ユナの能力は、"被虐ひぎゃく"と呼ばれるものらしく、俺の"魅了"にかなり近い能力だった。俺の場合は異性を魅了する能力なのだが、彼女の能力は、あらゆる知的生命体の興味や関心、攻撃性を自身に向けてしまう能力らしい。

 普段は薬で抑えているようだが、一度薬を忘れた彼女の能力が発動し、大勢の人たちから罵声を浴びせられたり、暴力を振るわれそうになったりしている場面を見た。

 転生者である俺はある程度能力が効きづらいはずなのだが、その俺ですら彼女をいじめたい、攻撃したい、という衝動を少し覚えてしまうほどだった。

 この能力のせいで彼女が苦労したり、辛い思いをしてきたことは聞かなくても想像が付く。

 だから、俺は友人としてユナを守ると決めた。



 中学2年生の夏。

 思春期真っただ中の俺は、自身の"魅了"と"精力"の能力の増大に苦しんでいた。入間さんから貰う薬を強くしてもらい、その薬の効きが弱くなるまでの期間が明らかに早くなったからだ。

 それだけ能力が強化されたということになり、薬が少しでも弱まると俺にアプローチを掛けてくる女性が増えて来た。

 女子生徒のみならず、女性の先生からも明らかなアプローチを受けることもあった。

 そして俺も、油断すればすぐに欲求に支配されそうになる。

 そんな俺に接触してきたのは、赤星絵未だった。ただでさえ苦しい状況の中、彼女のような優等生に声を掛けられてはさらに欲求を抑えるのが難しくなる。

 だけど、彼女がいてくれて本当に助かったと思う。

 ある日、入間さんから送られてくる薬が悪天候の影響で数日間の遅れが生じてしまい、俺は欲求を抑えることができずに暴走してしまいそうになる窮地に陥った。

 その時に手を差し伸べてくれたのが、赤星だった。


「雄飛くんも転生者、だよね? 私の能力なら、なんとかできるかもしれない」

 驚いたことに、彼女もまた転生者だったのだ。彼女の能力は"生成"らしく、時間は掛かったものの残った数錠の薬を元にほぼ同じ薬を生成してみせた。

 彼女が新たに作ってくれた薬のおかげで、俺は暴走しそうになる本能を抑えることができたのだ。

「助かったよ赤星。君がいなかったら……俺は今頃……きっと取り返しのつかないことをしてしまうところだった。本当にありがとう」

「ううん、気にしないでいいよ。転生者はいろいろと大変だもんね。何か困ってたら、いつでも言って? 同じ転生者として協力できることがあれば協力するから」

「……うん、ありがとう。その時はよろしく頼むよ」

 彼女との出会いで、俺の生活は少しだけ楽になった。

 彼女は自由にいくらでも"生成"することができるわけではないため、結局は入間さんから1ヶ月分くらいの薬をもらう必要があるわけだけど、それでもこういった緊急事態の際には、本当に頼りになる。

 こういうピンチの時に"抑制"の能力を使ってくれていた華怜が今はいない……。

 だけど彼女がくれた首飾りと手袋は今でも大切にしていて、今でも常に持ち歩いている。

 幼少時代の"抑制"の能力で作られた品であるため、今の強力な俺の能力に対する抑制効果は低いけど、華怜からもらった大切なお守りだから俺の宝物だ。



 中学生になってもう1つ変わったことがある。

 俺と母さんが必要以上に、一緒にいることが減ったことだ。

 俺が中学生になったということもあって、母さんは本格的にファッションデザインの仕事を増やした。

 家と新山さんの知り合いのデザイナーのオフィスを行ったり来たりして、仕事をしている。

 モデルやタレントの仕事に復帰する気はないみたいで、今の仕事に楽しそうに取り組んでいる。

「家にずっといるとね、雄飛ちゃ……雄飛のことばかり考えちゃうから。ママは、少し自分自身と向き合って仕事を頑張らないとね。その方が私のためにも、雄飛のためにもなると思うんだ」

 母さんは少し寂しそうにしながらも、決意したことを教えてくてた。



 俺としてもこれまでよりも会話が減るのは寂しくはあったけど、それと同時に自身の能力の増大や、Ouroborosの連中が俺と母さんにしようとしていることを考えると、やはりそれぞれに依存しない方がいいのだろうと思う。

 母さんは、俺のことを第一に考えて決断してくれたんだ。俺もそれに応えようと思うのだった。


 華怜が戻ってこない茉純さんはというと、平和連合軍の非常勤務職員から、なんと平和連合軍の兵士に志願した。1年間の訓練校生活を終えて、現在は日本の首都である香川県にある日本本部に配属されている。

 七海とは未だに会えない。そして……やはり華怜や名女川が言っていたように徐々に七海の顔や声などの記憶が薄れてきている。今世の記憶が前世の記憶を上書きし始めているのだろう。

 それでも……。彼女との思い出は失われてはいない。それだけあれば十分だ。出会えたとしたら、転生したことで姿かたちはどうせ変わっているだろうから。大切なのは、記憶や思い出だ。

 そして……華怜もまだ見つかっていない。もう何度もメッセージを送ったり、電話を掛けたりしているけど……依然として音信不通のままだ。

 必ず2人と再会する。

 そんな思いを胸に抱きながらも、俺は友人たちとそれなりに楽しく学校生活を送っていた。

 Ouroborosや、他の組織を警戒していたけど、結局中学3年間は本当に何事もなく平和に過ごした。

 できることなら高校生活も、Ouroborosやその他の連中からの襲撃なんかに怯えることなく、七海と華怜を探したいと思った。高校生になれば、今よりは行動範囲を広くできるし、何かしらの情報を得られるかもしれないからだ。

 だけど、平和な中学校生活とは打って変わり、高校生活は激動の3年間となることをこの時の俺はまだ知る由もなかった。

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転生したら魅了スキルが強すぎて人生ハードモードだった件 蟒蛇シロウ @Arcadia5454

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