第50話「消えた華怜 ~動きだす時代~」

「お待たせ」

 そう声をかける華怜に、空乎は小さく手を挙げて答えると歩き出す。2人は近くの公園へと足を運んだのだった。

 公園に着くと、空乎は近くのベンチに座る。華怜も隣に腰掛けた。

 2人はしばし無言で互いの顔を見やるが、やがて華怜の方が口を開いた。

「……それで? どうしてわざわざ接触してきたの? 厳木きゅうらぎさんの指示? それともあなた自身の意思?」

 空乎は華怜の問いに視線を逸らす。

「非番言うたやろ? ……まぁ、あの後ちゃんと逃げれたんかな……思てな」

 彼の答えに、華怜は目を丸くした。そしてすぐに笑みを浮かべる。


「そっか……。心配してくれてありがとね、空乎」

 そう言ってニッコリと微笑む華怜を見て、空乎は視線を戻してパクパクと口を開く。

「ア、アホ言いなや。そんなんちゃうわ……」

「ふふ、照れちゃって」

 そう言ってクスクス笑う華怜に、空乎は唇を尖らせてそっぽを向く。

「……やっぱ、生まれ変わっても姉ちゃんは姉ちゃんやな。調子狂うわ」

「空乎はずいぶんと方言が強くなったのね? 小さい頃は、お行儀よくお話してたじゃない」

 華怜にそう言われ、空乎は肩を竦めて苦笑した。

「それは言わんといてぇな……。そないなことより、姉ちゃんに伝えとかなあかんことがあんねん。雄飛と一緒に、俺らの組織に来てくれへんか?」


 空乎の言葉に、華怜は口を噤む。そして小さくため息をついた。

「……厳木さんは、まだ私を必要としているの?」

 華怜の問いに、空乎は首を横に振る。

「いや……。姉ちゃんの好きにしてええ言うとった。しゃあけどこのままやったら、Ouroborosに……白始友はくしゆうに姉ちゃんは……」

「わかってる」

 空乎の言葉を遮って華怜はそう言うと、ベンチから立ち上がって彼の前に歩み出る。

 そして彼を見下ろした。その視線には強い意志が感じられた。

「……たしかにこのままだと私は……。だけど見つけたの。……やっと。私の生きる道。それを曲げるつもりはないわ」

 その瞳に迷いや躊躇いなど微塵も感じられない。


 そんな華怜の様子に、空乎は苦笑いを浮かべた。

「はぁ……。姉ちゃんは相変わらず頑固やな……」

 そう言って彼は下を向く。

「……もう、ええんちゃうか? 自由に生きても……。戦わんくてもええ。Ouroborosの連中からも、他の連中からも俺や厳木さん、不死鳥の子のメンバーが守ったる」

 呟くように、小さくそう口にする空乎。そんな彼に、華怜は優しく微笑みかけた。

「ありがとう……。でもね、私にはやっぱり責任があるし。それに……これは私が望んでいることだから」

「……」

 空乎は何も答えない。

 すると、彼の頭にポンッと優しい感触があった。空乎が顔を上げると、華怜の優しい笑顔がそこにあった。


「大丈夫」

 華怜はそう言うと、ポンポンと彼の頭を叩くように撫でる。

 そしてゆっくりと手を下ろした。

「私は大丈夫だよ、空乎」

『大丈夫だよ、空乎』

 華怜の表情は、幼いころに自分の頭を撫で微笑んでくれた前世の彼女と全く同じ、優しく強い笑顔だった。

「……姉……ちゃん……。……って、もう子供やないんやから、頭撫でんといてくれ!」

 そう言いながらも空乎の表情はどこか嬉しそうで。そんな反応を見て華怜はクスッと笑う。

「ふふ。私にとってあなたはいつまで経っても可愛い弟よ」

「……はぁ、やっぱ敵わんわ」


 それから空乎は、自らも所属する組織、"不死鳥の子"の動きを説明した。

 まずは自分ともう1人のメンバーである、霧山きりやま麗衣れいが岡山に引っ越して、雄飛を狙ってくるであろうOuroborosの動きを監視する。

 そして、もしもOuroborosが本格的に事を起こした場合には、不死鳥の子とOuroborosで本格的な戦いをする覚悟があるとのことだった。

 不死鳥の子のリーダーであり、華怜もよく知っている"厳木"は、華怜の能力と素性から彼女の身を案じており、不死鳥の子で匿いたいと進言してくれているとのことだった。

 華怜としてはまたしても多くの人たちに迷惑がかかるため、自分の目的は自分でやり遂げたいと思っていたのだが、先日の海岸でのOuroborosの勢力から考えるに、華怜自身もその考えを改めて、空乎の申し出を受けることにした。



「姉ちゃんが一緒なら心強いわ。俺も雄飛のことは見る予定やけど、やっぱし同じ学校に通う生徒の方が、何かと雄飛のことを守ってやりやすいやろしな」

「そうね。空乎と一緒なら私も安心できるわ」

 空乎と華怜はフッとお互いに笑い合う。

「ほなら岡山に行ったら、雄飛にも伝えといてくれ。そん時が来たら、ちゃんと挨拶するわってな」

「ええ、わかった」

 そんな会話をしていると、空乎の携帯が鳴った。彼は画面を見て、華怜に断ると電話に出る。


「おう、姉ちゃんに会うたで? あぁ、組織に所属するかはまだわからんけど、Ouroborosの計画阻止のために協力してくれることなったわ。……べ、別に喜んでへんわ! いや、たしかに久しぶりやけどっ!」

 電話をしながら空乎は、チラリと華怜の方を見る。

 微笑んでくれる彼女の笑顔に、かつての姉の笑顔が重なる。


 電話を終えた空乎。

 華怜と岡山で会うことを約束して、別れることに。



「ほんなら姉ちゃん。また、岡山で。そういや……今の母ちゃん、ええ人なんか?」

 空乎は華怜の目を見て、少し心配そうに尋ねた。

「うん、すごくいい人よ」

 そう言って微笑む華怜を見て、空乎も優しく微笑んだ。

「そうか……なら良かったわ。ま、今の姉ちゃん見とったらわかるけどな」

 2人は少しの間見つめ合うと、握手を交わす。

「それじゃあ空乎、厳木さんにもよろしく伝えてね? お母さんが良くなったら岡山に行って、雄飛と一緒に待ってるから」

「おう、伝えとくわ」

 そう言うと、空乎は背を向けて歩き出した。


 すると、途中で足を止めて振り返る。

「せや、姉ちゃん……。あの……えっと……」

 視線をキョロキョロとさせ、何か言いたげな空乎。

「……ん? どうしたの空乎?」

 そんな彼の様子が少しおかしくて、華怜は首を傾げる。

 すると、空乎は少し頬を赤らめて口を開いた。

「姉ちゃん、また会えてよかったわ……。やっぱし姉ちゃんは俺の姉ちゃんや! またな!」

 それだけ言うと、空乎は走って行ってしまった。

 華怜はその背中を見つめながら、クスッと微笑む。そして小さく呟いた。

「ふふ、相変わらず素直じゃなくて可愛いんだから。ありがと、空乎……」



『空乎、お姉ちゃんと遊ぼっか? 鬼ごっこ? おままごと?』

『い、いいよ……。俺だって転生者なんだから、精神はお姉ちゃんと同じ大人だよ?』

『もう照れちゃって!』

 幼い自分を抱き上げ、微笑んでくれた姉。

 そんな記憶を思い出しながら、華怜と別れた道を歩く空乎。

「元気そうでよかった、姉ちゃん」

 昔を懐かしむように、空乎は目を細める。

「……けど、やっぱし14歳にしちゃ、ちっちゃい身体してたな」

 そんな独り言を呟くと、空乎は小さく笑った。

(今度は俺が姉ちゃんを守ったるからな……)



「お姉ちゃんとの再会はどうだった? いっぱい甘えた?」

 そんな彼にいたずらっぽく声を掛けたのは、同じ組織の霧山麗衣だった。

「しゃあから甘えてへんて電話でも言うたやろ! ま、まぁ……久しぶりに会話できてよかったわ」

「2人きりにしてあげて正解だったようね~。あ~あ、私も空乎くんの照れ顔見たかったなぁ」

 そう言って、麗衣はクスリと笑う。そんな彼女に、空乎はジト目を向けるのだった。

「……はぁ。ほんで? 霧山さんの方はどうや? 調べてくれたんやろ? 岡山はほんまに安全そうなんかいな?」

 空乎の言葉に、麗衣はうなずく。

「ええ、そうね……今のところはね」

「……今のところ? どういう意味やねん」

 空乎の問いに、麗衣は真剣な眼差しで答える。


「一度都心5区がああなった以上、本当に安全なところなんてもうどこにもないもの。いつOuroborosの連中が雄飛くんを誘拐しようとするかわからないし……。連中が来なくても、テロリストや生物兵器の心配もあるんだから」

 麗衣はため息をつきながら、言葉を続ける。

「まぁ、だからこそ私たちも岡山に行くのよ。そうでしょ?」

 そう言うと、麗衣はニコッと微笑んだ。

「……せやな。ほな行こか、岡山に」

 麗衣の言葉に、空乎はフッと笑みを漏らす。そして2人は駅へと向かうと、岡山行きの新幹線に乗り込む。

(姉ちゃん。先に行って待っとるわ……。あっちでまた会おな)

 流れていく景色を見ながら、空乎は心の中で華怜を想い、呟くのだった。



 一方、空乎と別れて病室に戻った華怜。

「お母さん、大丈夫? ほら、果物とジュース、それにお母さんの好きなかりんとう買ってきたよ?」

 華怜はベッドで体を起こして雑誌を読んでいた茉純に声を掛ける。

「まぁ、かりんとうまで買ってきてくれたの? ありがとう、華怜」

 袋から果物などを取り出す華怜の髪を茉純が優しく撫でた。

「……お母さん」

 華怜はそう呟くと、茉純に抱き着く。

「うん? どうしたの? 甘えん坊ね、華怜」

 そんな茉純の言葉に、華怜は彼女を見上げる。


「お母さん、私……お母さんの子供で良かったなって思ってるよ……」

 そう呟くと、再びギュッと抱き着いた。

 そんな娘の頭を撫でながら、茉純は口を開く。

「もう、本当にどうしたの? でも、そうね。私もあなたが私の娘でよかった。天国のお父さんもそう思ってるはずよ。あなたが前世の記憶を持っていたとしても転生した存在であっても、私たちにとっての娘は、華怜だけなんだから」

 そんな彼女の言葉に目に涙を浮かべながらも、それを拭うと満面の笑みで華怜は言った。

「お母さん、ありがと! 大好き!」

 その言葉に、茉純も優しく微笑みを返す。

「うん、私も大好きよ」



 翌日のことだった。

 その日も、茉純のために買い物に出た華怜。

「果物は体にいいからね。それからトマトジュースと……えっと、あとは……」

 華怜はメモを見ながら、スーパーの中を歩き回る。そして買い物を済ませて店を出て歩いていると……。

 ふと気配を感じて振り返る。そこには、前世から因縁のある男が立っていた。

「よぅ、倉城……じゃなくて、門宮華怜。不死鳥の子の連中が引っ付いてたけど、ようやくいなくなったみたいだなぁ」

 男に視線を向けて、目を見開く華怜。


「白……始友——!」

 彼女の視線を受け、始友は金髪の髪をかき上げてサングラスの位置を直して笑う。

「そう怖い顔すんなよ? 今日は話をしに来ただけなんだからよぉ」

 言葉ではそう言いながらも、始友は華怜を威圧するような視線を向けていた。

「話……ですって?」

 始友は鋭い目つきで華怜を見つめて答える。

「ああ、そうだ。ちょっと場所を変えようぜ? もちろん、断らねぇよな?」

 ニヤリと笑みを浮かべる始友に、華怜は1歩後ろに後ずさる。


「ところでお前の母さんは元気か? 病室にお見舞いに行ってやろうか?」

 その言葉にドクッと心臓が跳ねる。華怜は睨み殺さんばかりに始友を見据えた。

(こいつ……お母さんを使って脅しをかけてくるなんて!)

「そんな怖い顔すんなって。はははっ!」

 始友は軽く笑うと、華怜に歩み寄る。そして彼女の顎を掴んで上を向かせると、耳元で囁くように口を開いた。

「これ以上時間取らせんなよ。俺も暇じゃねぇのよ。……わかったか? 門宮華怜」

 悔しいが母である茉純のことで脅されては、今の華怜ではこの男に従うより他無い。

「……くっ、わかったわ」

 華怜は始友を睨みながらそう答えた。

「……フッ、いい子だ」

 始友は笑みを浮かべると、華怜の顎から手を離して距離を取る。そして華怜に背を向けて歩き始めた。

(この男……何を考えてるの……?)

 そう思いながらも、黙って彼の後をついていくのだった。



 その日、華怜は茉純の待つ病室に戻らなかった。

 代わりに頼まれた物が入った買い物袋と、大量の血が付いたメモが残されていた。

『お母さんごめんなさい。一緒には行けません。私はもう、助かりません。探さないでください。それから雄飛たちにもよろしく伝えてね。どうかお元気で。ごめんなさい。お母さん大好きだよ』

 それは間違いなく華怜の字だった、と茉純は嗚咽しながら雄飛たちに語った。

 この日から門宮華怜の捜索が行われたが、彼女の行方はようとして知れなかった。

 数週間後、彼女の捜索は打ち切られた。

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