第25話「怪しい男と癒しのお姉さん」
入間さんと別れた後、俺は足早に自宅へと向かう。しばらく歩いていると、ふと誰かにつけられているような気配を感じた。
……まさか、Ouroborosの関係者? 俺はとっさに周囲を見回す。すると俺が下ってきた坂の上に男性が1人立っていた。年齢は……高校生くらいだろうか? 真っすぐにこちらを見ている。
……ただ者じゃない気配がする……やっぱりOuroboros!? 俺は警戒しながら彼に視線を向ける。。すると男はニィッと笑って言った。
「こないなとこ1人で歩いとったら危ないでぇ? せや、俺が送ったろか?」
そう言って彼はこちらへ歩いて来る。……こいつはOuroborosか? それとも違うのか? ……いや、仮にOuroborosじゃなかったとしても、テロリストや暴徒の類である可能性だってある。
「……君が考えてること当てたるわ……。俺がOuroborosかどうか、やろ?」
そう言って口角を上げる男の表情に、俺はゾッとした。……間違いない、こいつはOuroborosだ! 男は尚も歩きながら続ける。
「"魅了"と"精力"の能力……か。ほんで? その歳で、何人抱いたん? えらいモテモテやし、ヤりたい放題やろ? ええなぁ、その能力」
こいつ……っ! 俺が転生者であることと、俺の能力を知ってるのか……? 俺は思わず拳を握りしめた。すると男は俺の前に立つと言った。
「まぁそう気張らんと、俺とちょっとお喋りしようやないか?」
男の言葉に、俺は警戒しながら聞く。
「だ、誰ですか……? 何が目的なんですか……?」
俺の問いに彼は人差し指を振る。
「それを今から話そう言うとんねん。てなわけで、俺と一緒に来てくれへんか? 場所変えたいねん」
「そ、そんなの嫌ですよ!」
俺がそう答えると、男はやれやれと言った様子で言う。
「……しゃあないなぁ。ほんならちょっと乱暴なんやけど……我慢してな?」
男は懐に手を入れながら歩いて来る。このままだと何かされて捕まってしまう! 俺はその場から全速力で駆け出した。
「っ! おい、逃げんなて!」
後ろから男が追いかけてくる気配がする……っ!! 捕まったら何をされるかわからないし、まずは人目がある所まで逃げよう……! 俺はそのまま走って大通りに出る。
しかし周りには人っ子1人いない。くそっ、こんな時に限って……!! いや、こんな時だからこそなのか!? とにかく大通りに出ても人はいない。……このまま走っていてはすぐに追いつかれてしまうだろう。
だったら……!
俺は曲がり角で止まると、追ってきている男を待つ。するとすぐに男が角を曲がってやって来た。
そして、彼は俺の姿を確認すると声を上げる。
「おっ! 見つけたでぇ。足の速いやっちゃなぁ。しゃあけど……鬼ごっこは終いや」
俺はその言葉を聞いて覚悟を決める。……そう、俺が待っていたのはこのタイミングだ……!
男が俺の目の前まで来た瞬間、俺は素早く身を屈めると全力で足払いをかけた。子供とは思えない素早い動きに反応できなかったのか、男の体は綺麗に宙を舞い地面へと倒れる。
「な、なんや!? 何が起きたんや!?」
男が状況を理解しようとしている間に、俺は即座に彼に馬乗りになった。そしてポケットから、華怜から護身用に貰っていた"アレ"を装着して男の胸元に叩きつける。
"アレ"とは、華怜の能力である"抑制"の力が籠められた手袋だ。
「ったぁ! 何すんねん! ガキがぁ……って、あれ……か、体に力が……あかん、こりゃ動かれへんわ」
俺は男が怯んだすきに走ってその場を逃げ出す。
華怜曰く、この手袋を装着して触れると相手の四肢の動きを抑制することができるらしい。
Ouroborosの痩せ細った女から逃げた時に、華怜がビーズを使っていたのと同じ原理だ。そして、触れるだけじゃなくて強い衝撃を加えることでより強い効果を発揮し、長い間抑制することができるという。
横たわったまま起き上がれないでいる男の反応を見るに、この効力は絶大なようだ。……だけど、きっと持って数分だろう。次に追い付かれたら終わりだ……。アイツに見つからない距離まで逃げないと!
「休日に数時間も力を籠めてヘトヘトになりながら作った護身具なんだから、大事にしてよね?」
必死に走りながら華怜の言葉を思い出す。ありがとう、華怜。おかげで助かったよ……。俺は心の中で彼女に感謝しつつ、自宅を目指して走り続けた。
もう少しで家にたどり着くという時、曲がり角を曲がった俺は誰かとぶつかって尻もちをついた。顔に柔らかい感触がする……。目を開けるが真っ暗だ。誰かが俺に覆いかぶさっている……? ……!? これって、もしかして……!!?
ゆっくりと俺から離れ、体を起こす人影。
「……痛たたた~。ごめんね、君大丈夫?」
それはこの近所にある高校の制服を着た女子生徒だった。柔かな表情で頭を掻きながら、俺に手を差し伸べている。
「あ……、いえ、大丈夫です……。お姉さんは怪我無いですか?」
俺はそう謝りつつ彼女の手をとり立ち上がる。
「うん、私は大丈夫よ。前のめりに倒れて押し倒しちゃってごめんね! 痛かったでしょ」
いや……柔らかくてむしろ気持ちよ……じゃない! 俺は慌てて彼女から視線を逸らすと、少し早口になりながら言う。
「だ、大丈夫ですよ……! 俺こそ前見てなくて……」
そんな俺の様子を見て、彼女はクスリと笑うと言った。
「……君って優しいのね。でも、こんな可愛い子が外に1人でいたら危ないよ? さっきも足立区の方で、テロリストたちが暴動を起こしたってニュースで言ってたし」
危ないのはむしろ若い女子生徒1人で歩いてるお姉さんの方だと思うけど……。俺はそう思いながらも彼女にお礼を言う。
「は、はい……。今から帰ろうと思ってて。心配してくれてありがとうございます!」
俺がそう返すと、お姉さんは俺が手に持っている買い物袋を見る。そして再び俺の方を見て、微笑んだ。
「お家の人のために買い物したんだ。君って可愛いだけじゃなくて、偉いのね! お姉さん、感心しちゃった! 私もこっちの方向だから、途中まで一緒に帰ろ?」
彼女はそう言うと俺の頭を撫でた。そして、まるで俺を弟のように可愛がっているような感じの手つきで撫でる。
「あ、あの……お姉さん……?」
俺が困惑してそう言うと、彼女はハッとすると慌てて手を離す。
「ご、ごめんね! なんだか君見てると放っておけなくって。つい撫でちゃった」
俺は当然のことながら照れて、顔が真っ赤になる。
「いえ……全然嫌じゃない……です! あ、そうだ……! お名前聞いてもいいですか? 俺は、種吉雄飛、10歳です」
俺の自己紹介に、彼女は少し驚いた表情を見せる。
「え、10歳? もうちょっと下かと思ってた。私の名前は、
17歳か。……って、え? もっと下だと思ってたの!? 俺ってそんなに童顔なのか……?
いや、確かに華怜にも「雄飛は園児って言われても違和感ない」とか言われるけど……!
俺がそんなことを考えていると、麗衣さんは言った。
「それじゃあ一緒に帰ろっか、雄飛くん」
麗衣さんはそう言って俺の手を握る。……え? 一緒に帰るのはいいんだけど、手をつなぐ必要はあるかな……? そんなことを考えていると、彼女は俺の顔を見て言った。
「ん~? どうしたの?」
「あ、いや……なんでもないです」
俺は慌ててそう言うと、視線を逸らして歩く。先ほどOuroborosの一味と思われる男と遭遇した緊張が、一気に解けていくのを感じる。彼女が自然と放つ包容力や優しさは、人を安心させるような何かを持っている。
「……雄飛くん、怖いよね?」
「え?」
俺は思わず聞き返す。すると彼女は、俺の顔を見て言った。
「テロリストが都心の方を占拠して、自分たちの街にしたんだよね。……ここだって、いつ無法地帯になってもおかしくないと思う。だから怖いよね?」
俺は少し考えてから言う。
「そう……ですね」
すると麗衣さんは俺の頭を優しく撫でる。そんな行為に俺は少しだけドキッとした。彼女から漂う甘い香りが心地よい。その香りを嗅ぐとなぜだか頭がボーッとしてしまう。
「大丈夫だよ? 世界平和連合軍はとっても強いって言うし、すぐに都心5区だって解放されるはずだから!」
麗衣さんの言葉を聞きながら、俺は彼女の横顔をチラリと見る。……可愛らしさの中に凛とした美しさがある。綺麗な人だなぁ……。
「……雄飛くん、さっきから私のこと見つめてるけどどうかしたの?」
「え!? あ、いえ……! な、なんでもないです!」
俺が慌てて言うと彼女は笑う。そして言った。
「うふふ! もう可愛いんだから~! さ、危ない目に遭う前に早く帰りましょ?」
麗衣さんはそう言うと、俺の手をさらに強く握る。そして彼女は俺の腕を抱きかかえた。その大胆な行動に俺はさらに顔が赤くなる。
「れ、麗衣さん……!?」
俺が慌てて言うと彼女は俺の顔を見て言った。
「あらら、照れちゃったの? 可愛いんだから~!」
そんなやり取りをしながら歩く俺たち。
やがて俺の家が近くなると、麗衣さんが口を開いた。
「あ、雄飛くんそっち? 私はこっちだからここでお別れだけど、1人で大丈夫? なんなら家まで送ってあげよっか?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
俺は慌てて言う。
すると麗衣さんは少し考えるようにしたあと、カバンからペンとメモ帳を取り出して何かを書き始めた。そしてすぐに紙を一枚千切ると、俺に手渡す。
「こ、これって?」
俺は渡された紙を見て少し照れくさそうに視線を逸らす。
「せっかく楽しくお話しできたから、またゆっくりお話ししたいなって……。なんだか雄飛くんみたいな弟がいたら、嬉しいなって勝手に思っちゃって……。あ、迷惑だったら全然断ってくれても大丈夫だよ!?」
……麗衣さんにそんな言い方されて、断れる人がいるだろうか? それに、麗衣さんみたいなお姉さんがいたら、と考えると俺も素直に嬉しい。
「……ありがとうございます。俺なんかで良ければ是非! また話しましょう!」
俺がそう答えると、彼女はパアッと表情を明るくした。そして俺の頭を再び撫でる。
「やった! じゃあいつでも連絡してね? これからもよろしくね、雄飛くん!」
麗衣さんは笑顔でそう言うと、手を振って去っていった。……お姉さん……お姉ちゃん、か。こんな状況なのに思わず、頬が緩んでしまう。
気を引き締めないと、と思いつつも最近は辛いことばかりが続いていたから、麗衣さんとの僅かな交流が俺を癒し、心を和ませてくれた。
俺はもう一度手の中にある紙を見つめる。そこには電話番号とメールアドレスが書かれていた。……なんだか嬉しいな。鼻の奥に微かに残った甘い香りに包まれながら、俺は家へと駆け足で向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ったたたぁ、油断したわ……。って、なに見逃しとんねん!
先ほど雄飛を追跡していた関西弁の男が、非難するように1人の人物を指差す。それは、先ほど雄飛と別れたばかりの麗衣だった。
「いいえ、絶対に連れて来いとは言われてないわ。"接触して話し合いを持ち掛けろ。それが通じないのなら連れて来い"。それが厳木さんの命令よ、
麗衣は冷静な口調で、男……空乎に告げる。
「いや、話し合おう言うたで? しゃあけど、あのガキ断って逃げよってん。しゃあからとっ捕まえようとしただけや」
空乎がそう言って弁解するが、麗衣は振り返ってため息をつく。
「……はぁ、どうせ無意味に挑発して怖がらせたんじゃないの? その結果逃げられて、追いかけたら動きを封じられて逃げられた、と……。あなたっていっつもそんな感じよねぇ」
ジト目で見てくる麗衣に
「ち、ちゃうわ! 俺はちゃんと説得したで? ……いやまぁ、ちょっとばかり力入れすぎてもうたけど……。……って、霧山さんはアイツみすみす逃がしたっちゅうことは、話合いできたんかいな?」
空乎はそう言って首を傾げる。すると麗衣は満面の笑みで首を横に振って答える。
「ううん! 転生者に関しての話は何にも! だって雄飛くん可愛いんだもの♡ 仲良く手を繋いでお喋りしたわ」
そのあっけらかんとした態度に、空乎は開いた口が塞がらない、といった感じだ。
「な、なんやねんそれ! よう俺のこと言えもんやでぇ! そっちの方がなんもしとらんやないか!」
ビシッと指摘する空乎だが、麗衣は楽しそうに言った。
「別にいいじゃない? 厳木さんは、あの子が高校を卒業するまでに仲間に引き入れろって言ったのよ? まだまだ時間はあるわ!」
「ホンマのんきなモンやでぇ……。このままやとOuroborosに先越されるんちゃうか?」
もはや言い返す気力も無い、と言ったように空乎は肩を落とす。
「でも、安心して? 私の連絡先を渡しておいたから! Ouroborosの連中に雄飛くんを好きにさせない」
自信満々で言う麗衣だったが、空乎は尚も呆れた様子だ。
「連絡して来んかったら意味ないやんけ? アイツOuroborosだけやのうて、いろんなモンに警戒してるっちゅうのに連絡なんかしてくるんかいな」
彼の言葉に麗衣は微笑む。
「ええ、雄飛くんは絶対に電話してくるわ♡」
「ま、まさか……。余計なコトしてへんやろな……? 能力とか使うてへんやろな!?」
空乎が思わず尋ねると、麗衣は人差し指を口元に当ててイタズラっぽく言う。
「な~いしょ♡」
その反応に、彼女が能力を使用したことを確信する空乎。
「何しとんねん! ボケ~ッ!!」
彼の絶叫が、日の傾きかけて来た町に響くのだった。
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