第23話「占拠された東京」

 家までの道中は母さんが言ったように、いつもと変わらない景色が広がっていた。だけど遠くの方を見ると、あちらこちらで煙が上がっているのが見える。

「母さん、ここからでも煙が見えるね」

「そうだね。……きっとテロ組織が良くないことをしているんでしょうね……」

 母さんも不安そうな表情でそう話す。それから家に着いた俺は、父さんが無事に帰ってきていることを祈りながら玄関のドアを開ける。しかし、そこには父さんの姿はなかった……。


 俺と母さんは家に入るとすぐに鍵を閉め、家中の戸締りの確認をしてカーテンを閉めた。もしもこの状況が長引くなら、しばらくの間家に籠って過ごすことになるかもしれない。

 食糧や飲料、カセットガスなどを確認すると、父さんが帰って来て3人になってもなんとか2~3週間は過ごせるだけの量があった。

 普段から様々な災害に備えている母さんのおかげで、ライフラインやその他備品も問題ない。

「雄飛ちゃん、怖いだろうけど……大丈夫だからね。ママがついてるから」

「うん……ありがとう。あとは、父さんが無事に帰って来てくれると良いんだけど……」

 俺はそう呟きつつ、今後のことについて考えていた。まだこの辺りは大丈夫みたいだけど、いずれどうなるかわからない……。その時は俺が母さんを守らなきゃ……!



 夕方、華怜から電話があった。どうやら彼女も無事に家にたどり着いたようだ。

『雄飛、大丈夫? そっちは?』

「ああ。母さんと2人で家に籠ってるよ」

『そう……。良かったわ、あなたが無事で』

「華怜もね。でも、これからどうなるかな……」

『そうね……。情報が少ないからわからないことだらけだけど……。少なくとも東京都の日本の首都としての機能は、ほぼ完全に麻痺してるとしか言えないわ。警察や自衛隊が頑張ってくれて、何とかなってるけど……。でも、それもいつまで持つか……』

 電話での会話で、あらためてこの状況がかなり絶望的だと感じさせられる。俺は思わず、大きなため息をついてしまう。


『雄飛、入間や昔の知り合いに頼って、私の方でも調査を進めるわ。この混乱に紛れて、Ouroborosウロボロスが接触して来ないとも限らないから気を付けてね? もしも身の危険を感じたら、渡した"アレ"を使って』

「うん……。ありがとう、華怜」

 俺がそう言うと、華怜は少し間を置いてから返事をする。

『それじゃあ、何かわかったらまた連絡するわね? 雄飛も、いつでも電話してくれていいからね? ていうか、安否確認のために数日に一回は電話しなさいよ? ……別に寂しいとかじゃないけどね! じゃ、また』

 華怜はそう言うと電話を切ってしまった。彼女とのやり取りのおかげで、この状況下でも少しだけ元気が出た。はきはきとした彼女の声は、こちらも明るくなれる。



 夕食を食べた俺は、部屋で勉強と筋トレ、瞑想をすることにした。こんな状況でも、俺は自分ができることをして少しでも母さんや家族を支えていきたい。

 瞑想で目を閉じていると、かなり遠くの方だと思うけど爆発音が聞こえる。5区はどうなっているんだろう、父さんは無事かな……?

 そんなことを考えてしまって、なかなか集中できない。

 

このままの状況が続くのも良くない。閉鎖的な場所で母さんと2人きりでいるのは、俺の能力的にマズいと思う。

 入間さんのくれた薬や、華怜のくれた首飾りがあるけど……それが効かなくなった場合に、すぐに2人に助けを求めれない状況になってしまったら、どんなことになってしまうか……。

 母さんを傷つけるようなことだけはしたくない。



 2時間ほど瞑想してから、俺はお風呂に入る。お風呂から上がると、どうやら母さんが父さんと電話をしているようだった。

「そっか……。気を付けてね……。うん……まだ、こっちは大丈夫……。うん、またね」

 母さんがそう言って電話を切ると、俺の方に駆け寄ってくる。

「雄飛ちゃん、パパは無事だったよ? ……だけどね、パパは都心5区の上流市民に選ばれたらしいの。つまりテロリストたちの標的にはならないらしくて、レストランは継続してるんだって……。だからまだ帰らないって……」

 母さんは声を震わせながら、俺にそう言った。

「え……!? そんなのってないよ! 家族が危険なのに、自分が標的にならないからって仕事を続けるの!? 父さんはこんな異常事態でも、仕事の方が大事なの!?」

 俺は思わず声を荒らげてしまう。


 そんな俺に母さんは驚いたようだったけど、優しく言う。

「落ち着いて、雄飛ちゃん……。パパも悩んだ末に決めたんだと思うよ? だからそんなに責めないであげて……? ママも本当は危ないからって止めたんだけど……」

「……ごめん、ママ……。そうだよね、父さんだってたくさん悩んだはずだし……」

 俺も少し落ち着きを取り戻す。

 そうだ……。父さんだって帰りたくても、帰れないのかもしれない。周りはテロリストだらけなわけだし、そんな状況じゃ命の危険があるかもしれない。

 それに、父さんだって俺たちのことを心配していないはずがないんだ。


「うん……。パパも、雄飛ちゃんが心配で仕方がないって言ってたよ。だから、パパが帰って来られるまでママと2人で頑張ろう?」

「うん……」

 俺は母さんの言葉にうなずいた。父さんの生存が確認できただけでも、かなり気持ちが楽になった気がする……。でも、やはりどこか不安は拭えなかった。

 部屋に帰った俺は、そのまま眠りに就くのだった。



 翌朝、目を覚ますと母さんが朝食の準備をしていた。

「おはよう、ママ」

 俺がそう言うと、母さんは笑顔で挨拶を返す。

「雄飛ちゃん、おはよう。さっき学校から連絡があってね、こんな状況だから学校はしばらくお休みになるって……。再開の目途が立ったらまた連絡するから、それまでは自習するようにって……」

 母さんの話に、そうなるだろうなと内心納得する。この状況では、とてもじゃないけど落ち着いて学校に通うことなんてできないだろうから。


「ママのお仕事の方はどう? 問題無さそう?」

「……う~ん、いつも担当してくれてる人と連絡が付かなくてね……。彼女、千代田区に住んでるから心配なんだ……」

 俺の問いに母さんはそう言って、不安そうな顔を浮かべた。

「そうなんだ……。でも、きっと大丈夫だよ。父さんも無事だったんだし」

 俺は母さんを励ますようにそう言った。

「そうね。うん、きっと大丈夫だよね」

 母さんは俺を心配させまいと思ったのか、笑顔を見せるのだった。

 

 朝ごはんを食べた後、俺は自室で勉強を始めた。……が、どうしても気になってしまい集中できない……。父さんのことを心配しても仕方がないとはわかっていても、やはり心配だった。

 俺は毎日、勉強はもちろん、肉体と能力の鍛錬を続けながらこの事態が収まることを待っていた。



 事件が起きてから、3日後に華怜から連絡があった。

 入間さんや昔の知り合いに連絡を取って調査してもらったところ、やはり都心5区へ続く道は、テロリストや生物兵器、仕掛けられたトラップによって封鎖されているそうだ。

 都心5区にいる人たちはテロリストたちによって、"選ばれし民=選民"と呼ばれる上流市民と、平民と呼ばれる一般市民、上2つに逆らうことができない下民とに分けられたらしい。

 選民はテロリストたちから同等の扱いをされ、下民は奴隷のような扱いをされているようだ。

 

 母さんが電話で聞いた話だと、父さんは選民……つまり上流市民だということだった。

 恐らくはテレビでも有名だし、父さんの作る料理がテロリストたちから好評で、よい待遇をされているんだろう。

 でももしそうだとしたら、父さんは下2つの階級の人たちを見下して、奴隷のように扱うのだろうか? ……いや、父さんがそんな人じゃないってことは、俺が一番よく知ってるじゃないか……。

 信じよう、父さんを。



 華怜からの話の続きで、都心5区の内部はそのような状況だが、占拠したテロリストやその協力者たちによって監視されており、略奪や暴行は今のところは起こっていないとのことだった。

 問題はそれ以外の東京都内や、近隣の県といった、関東地方の至るところで混乱による略奪や暴行が頻発しているということだった。

 テロリストや彼らが使役する生物兵器による暴動はもちろんのこと、この状況に乗じて盗みや暴力を働く一般市民も増えているようだ。この辺や学校の近くだって、いつそんな状況になってもおかしくない……。


 そして華怜からの話でもう1つ気になったのは、多くの政治家や著名人、大手企業の経営者などが事件が起こる前日に、不自然なほど一斉に東京から出ているというものだった。

 偶然、というのはあり得ない気がする。……彼らは、この事件を予見していたのだろうか?

 ……それともテロリストたちと、事前に取引があった? ……いや、それは考えすぎかもしれない。だけどもしそうだとしたら……。

 とにかく華怜からの報告で、現在東京都はもはや首都としての機能を果たしておらず、無法地帯と化していることを嫌というほど痛感させられた。

 日本はどうなってしまうのだろう。


『不安だと思うけど、さっき雄飛のママと私のお母さんが、どちらかの家が危なくなったら片方の家に避難させてもらう約束をしていたわ。まぁ、そんなことにならないといいけど……。とにかく今は身を潜めてじっとしているしかないわ。それじゃあまた連絡するわね?』

「うん、ありがとう華怜。華怜も気を付けて」


 華怜との通話を終えた俺は、カーテンから窓の外を見る。

 最初にテロリストたちが放った生物兵器はあらかた駆除されたのか、初日のような大きな煙は上がっていなかった。外にはチラホラと人の姿もある。

 この辺りは閑静な住宅地だし、繁華街ほど暴徒たちにとって魅力は無いのかもしれない。

 でも、それも今だけだろう。資源や獲物が無くなれば、ここもいつそいつらのターゲットになるかわからないのだから。



 俺は着替えをして下に降りると、母さんに言う。

「ママ、俺買い物に行って来るよ。まだしばらく足りるだろうけど、念のために一応ね」

 俺の言葉を聞いた母さんは、心配そうな顔で首を横に振る。

「だ、だめだよ雄飛ちゃん。外は危険だから……。ママが車で買い物に行って来るから、お留守番してて? お願い……」

 母さんはそう言って、頑なに俺の外出を認めようとしない。確かに今の状況で、1人歩きは危険かもしれない。

 でも、こんな時だからこそ母さん1人に負担を掛けたくない……。

 それに母さんが1人で外を出歩く方が、よっぽど危険だと思う。今の秩序が崩壊しかけている街中に、母さんみたいな美人が1人で歩いていたら、それこそいい獲物だ。


 俺は母さんの目を見て訴えるように言う。

「ママ……俺もいつまでも子供じゃないよ? この辺りはそんなに治安が悪いわけじゃないし、自分のことは自分で守れるから。お願いだよ、ママ!」

 しかし母さんはそれでも不安そうな顔をしている。

「……どうしても行くの? ……もし行くなら、これを持って行って」

 母さんはそう言って、俺に薄い端末を差し出す。……数年前に開発された携帯電話だ。小学生に持たせるのは早いから、と俺には手渡さなかったものの、いつでも連絡を取れるように購入と契約は済ませていたらしい。こういう非常時には役に立つだろう。


 母さんは、何かあったらすでに登録してある自分の番号に、すぐに電話するようにと念を押す。

「うん、わかったよ。ありがとう、ママ。じゃあ行って来るね? すぐに帰るから」

 俺が笑顔でそう言って玄関を出た後、母さんは心配そうな表情で俺の背中を見送っていた。

 相変わらず心配性だな、と思いつつもこんな状況なら誰だって不安になるだろうと思い、俺は玄関のドアを閉めた。

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