第22話「鳴り響くサイレン 恐怖の生物兵器」
母さんとのデートから3日後。
町に突如としてサイレンが鳴り響いた。それは周囲で、テロ行為や生物災害が発生した際に鳴らされるものだった。
学校にいた俺は、先生たちの指示に従って体育館へと移動する。
「落ち着いてください!」
「騒がずに! 大丈夫だから!」
先生たちは集まった生徒たちを落ち着けようとしているけど、小さい子供たちには難しいだろう。
1人、2人と泣き出す子が現れ、それが他の子たちにも伝染して体育館はパニックになっていた。
「お、落ち着いて! 大丈夫だから!」
校長先生は、必死に声を張り上げて生徒達を宥めている。
やがて担任の先生から、ラジオやテレビ、SNSで得た情報から俺たちに報告があった。
どうやら元々治安が悪化していた新宿や渋谷などの都心部で、一斉に生物災害が発生すると同時に、テロリストたちが結託して国や区の重要施設にテロ行為を行ったらしい。
「皆さん、落ち着いてください! 今、周辺の警察や自衛隊、世界平和連合軍がテロリストを制圧するために動いていますから!」
担任の先生はそう言って生徒たちを落ち着かせようとするけど、やはり上手くいかないようだ。
新宿や渋谷となると、ここから少し離れている。だから俺や母さんは今のところ無事だろうけど、父さんは大丈夫だろうか……!? 父さんがオーナーを務めるレストランは渋谷にある。父さんがいるレストランにもテロ集団は来るかもしれない……。
そんな不安を抱きながら、先生の指示を待っていると……。
突然、外で町全体に響き渡るほどの音量で何者かによる放送が鳴り響いた。
『東京都民に継ぐ! これより我々は都心5区を封鎖し、我らの帝国とする! 我々によって選ばれし者のみがそこで暮らすことを許され、それ以外は排除される! これより東京都は、都心5区の支配者とそれ以外の……え~っと、下民? に分けられるのだ! 自らは選ばれし者だと思う者は、都心5区に集え! もしもお前が選ばれし者に値するなら、最高の生活を授けよう! 逆に排除される可能性がある者は逃げるがいい! ま、我々は獲物を地の果てまで追い詰めるがなぁ! ハッハッハッハッハ!』
その放送を聞いて、体育館に集まっている生徒たちはパニックになる。
「え? 町がテロリストに支配されるの!?」
「やだよ! おじいちゃん新宿に住んでるのに!」
「ママ~! 怖いよ~!」
みんな口々に不安を口にして、泣き出す子もいる。
連中の目的は何だ? 本当にそんなことをできるだけの力があるのだろうか? そう考えている間にも、放送は続く。
『都心5区の民に選ばれなかったヤツは、人間ではない! 選ばれし民たちの狩りの対象だ。好きな時に奪い、犯し、殺し、そして喰らう! それが下民の定めだ! せいぜい、逃げ惑えよ? さぁ、都民狩りの始まりだぁ!』
男の叫び声と共に、外で銃声や爆発音、そして聞きなれない生物の鳴き声が響き渡る。
生徒たちのみならず、一部の先生たちもパニックになっていた。
「と、とにかく指示があるまで落ち着いて待機して!」
そんな担任の先生の指示を聞いた生徒たちは、とりあえず体育館に留まるものの……恐怖で泣き出してしまう子や、震えていたり泣き出す子もいた。
俺はみんなを慰めながら外の様子を窺っていたが、華怜の元へと向かう。
「華怜! さっきの放送って!?」
「うん……どうやら都心5区の要所をテロリストたちが占拠したらしいわね! 今、警察や自衛隊が制圧に向かっているけど……。ヤツらの話だと、5区以外が無法地帯と化すみたいね……」
華怜は拳をギュッと握りしめながらそう言った。
俺はそんな華怜に尋ねる。
「そんなことできるだけの力があるのかな? 警察や自衛隊はもちろん、世界平和連合軍が動いてるんなら、すぐ鎮圧できるんじゃ……!?」
「あの放送だけじゃ、どれだけの勢力か分からないわね。だけどそれだけ自信があるからこそ、こんな大規模なテロ行為をしたんだと思う」
華怜はそう言って唇を噛む。……たしかにそうだ。都心5区を占拠するなんて、ここ数十年の間で最大のテロ事件だろう。突然、こんなことになるなんて……。
「華怜、この件にOuroborosも関わってると思う?」
「う~ん、どうかしら……。連中の目的は、さっきの放送で言っていた帝国を築くとか、そういうものじゃない気がするのよね……。奴らはこんな目立つことはきっと避けて、ひっそり行動すると思うの……。もちろん、これは私の推測なんだけど」
華怜の言葉に俺はうなずくが、別の可能性も考えてみた。
それは1つの組織によるものではなく、複数の組織が結託した計画である可能性だ。そして、その複数の組織が、同時にテロ行為を働いている、というものだ。
もちろん、そうであったとして今の俺に何ができるわけでもない……。ただ一刻も早くこの事態が鎮静化してくれるのを祈るしかないのだが。
「……何にせよ、一刻も早く警察が制圧してくれるのを祈るしかないな」
「そうね……」
俺と華怜がそんな会話をしていると……。
「な、なぁにあれぇ!?」
と1人の生徒が体育館の窓の外を指差した。そこには、巨大な昆虫のような生き物が何体も歩いている姿があった。
生徒たちはその光景を目の当たりにし、恐怖に顔を歪めて叫ぶように声を上げる。
「きゃぁぁぁ!」
「やだぁ! 怖いよぉ!」
「お、落ち着いて! せ、先生たちがいますから!」
昆虫の化け物を見て、パニックになる生徒たちと落ち着かせようとする先生達たちで、体育館内は大混乱に陥った。
華怜は昆虫の化け物を見て、呟く。
「雄飛……あれって……!」
「……生物兵器……ってやつだよね? 海外のテロ事件でよく使われるっていう……」
俺たちは顔を見合わせてうなずく。テレビでも時々、海外情勢について伝える番組が放送される。海外で使用される生物兵器の中に、あの昆虫と同じ姿をしたものがあったはずだ。
でもまさか日本、それも都内で生物兵器が使用されるなんて……!
先生たちは、生徒たちに静かにするようにと伝える。あの化け物が、音でこの体育館に寄って来る可能性があるからだ。
しかし、生物兵器の恐怖で完全にパニックになっていた生徒たちは先生の言うことを聞かずに叫ぶ。
「やだ! 怖いよ!」
「だ、誰か助けてよぉ!!」
するとそんな声を聞いた昆虫の化け物が、俺たちの方にゆっくりと向かって来るのが見えた。それを見た先生たちは、生徒たちを連れて上の階に避難することにする。
「走らないで! 転ぶと危ないですからっ!」
「みんな落ち着いて! 大丈夫、大丈夫だから!」
先生たちはパニックになった生徒たちを宥めつつ、上へ上へと避難していく。
「なぁ華怜……あれって……」
「ええ……どうしてあんなものが日本に……」
避難しながら隣にいる華怜を見ると、彼女もこの異常事態には焦りを隠せていないようだった。
「テロ組織が持ち込んだもの……なのかな?」
「どうかしら? たぶんそうだとは思うけど……。ただ、私たちが今できることなんてないわ。とにかく今は安全な場所に避難して、警察や自衛隊からの連絡を待ちましょう」
俺は華怜の言葉にうなずき、先生に抱きかかえられて上の階へと移動する生徒たちについていくのだった。
それから数分後……。
ようやく全員、上の階に避難し終わったようだ。
3階の窓から下を見下ろすと、そこには先ほどの昆虫の化け物に加えて、巨大なネズミや犬のような化け物が徘徊していた。
「このままだと中に入ってきたアイツらに、全員襲われて殺される……!」
俺がそう言うと、華怜は周囲を見渡した。
「そうね……。でも今ここから逃げ出すのも危ない気がするわ」
「……たしかに。どのタイミングで逃げるかが重要だな」
そんな話をしていると、化け物たちの後ろから数台のパトカーが校庭へと乗り付ける。パトカーから降りた警察たちは、拳銃で化け物を撃つ。
彼らの到着に安堵する生徒や先生たち。
しかし、化け物たちに弾丸が効いていないようだ。
「そんな……!?」
「どうして!? あの化け物たちって、銃は効かないの!?」
そんな先生たちの声が体育館内に響く中、パトカーからさらに2台のパトカーが降りてくる。しかし、やはり拳銃が効かないようだ。
警察たちには見向きもせず、校舎に侵入しようとする化け物たち。
「華怜、俺たちでなんとかできないかな……?」
俺は小声で華怜に尋ねる。俺の能力じゃどうしようもないかもしれないけど、少しでも何かの役に立てられれば……。だが、彼は悔しそうに首を振る。
「ダメよ……。今の私たちじゃ、あの化け物の群れには勝てないわ……。武器もないし体も子供なんだもの」
「……だよな」
俺たちはそう話しながら、先生や警察たちの判断を待っていた。
すると凄まじい銃声と共に、化け物たちのものと思われる叫び声が辺りに響き渡る。
外を見ると、どうやら自衛隊と警察の特殊部隊が駆け付けてくれたようだ。彼らは拳銃ではなく、ライフルやマシンガンで化け物たちに攻撃を加えていき、あっという間に学校に集まった化け物たちは始末された。
どうやらそれらの兵器であればあの生物兵器には対処可能なようだ。
最初にパトカーで来た警察官たちは、生物兵器との戦闘に慣れていないようだったけど、警察の特殊部隊と自衛隊に関しては、落ち着いて対処していたように見えた。
恐らく海外で多発している生物災害に対する訓練を、日頃から徹底しているのだろう。
先生たちは今後の対応について考えていたようだったが、警察や自衛隊からの提案で、学校を緊急避難場所にすることにしたようだ。先生たちは、すぐに生徒たちの家族に電話を掛けて状況を説明しているようだった。
また、自衛隊や警察の情報によると、どうやらこの周辺ではまだあまり大量の生物兵器が投入されていないとのことだった。
学校まで生徒を迎えに来る親もいれば、家のセキュリティが心配だからと荷物を持ってきて、子供と一緒にここに留まらせて欲しいという親もいるようだ。また、各家庭には避難先を伝える放送もされている。
母さんは無事に逃げられただろうか? 渋谷にいるであろう父さんは……? 俺はふと不安になる。
それから1時間ほどして、母さんが車で俺を迎えに来た、と先生に伝えられる。外に出ると母さんが息を切らして立っており、俺を見るなりギュッと抱きしめてきた。
「よかった……! 無事で本当によかった……!」
母さんは涙声になりながらそう言うと、さらに強く俺を抱きしめるのだった。俺はそんな母さんの背中をポンポンと叩きながら言う。
「母さんこそ大丈夫? 家に何かあったらどうしようって不安だったんだ」
「大丈夫……。家の方は、まだ全然平気なんだけど、テレビを点けたらこの辺りが危ないって……。とにかく一度家に帰らない? お父さんも帰ってくるかもしれないし……」
俺は母さんのその言葉にうなずいた。
母さんは車に戻る前に、華怜に彼女の母である茉純さんと連絡が取れて、すぐに向かうと言っていたからもう少しで迎えが来るだろうから待っているように、と伝えた。
俺は車に乗り込む前に、華怜と話をする。
「華怜、大丈夫だと思うけど気を付けてね? また必ず元気で会おう」
「ええ、もちろんよ。雄飛の方こそ、気を付けてね! そうだ、帰ったら電話するわ。その時にいろいろ話しましょ? またね!」
「うん。じゃ、また」
そんな短い会話だったが、俺と華怜は最後にうなずき合うと笑顔で別れたのだった。
母さんの車に乗り込むとすぐに車は動き出し、俺は学校を後にするのだった。
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