第17話「強力な精力 ~昇華~」
俺は自分の部屋に戻ると、今日入間さんから貰った禁欲コントロール鍛錬のシートに目を通す。
簡単に行ってしまえば性欲を抑え込むことが目的だった。限界の限界まで我慢し、我慢する日数を伸ばしていく。
欲求に支配され、本能のままに任せるのではなく、自分の意思でしっかりコントロールすることができるようになれば、精力という俺の能力を正しく使えるようになるだろうとのことだ。
禁欲と聞くと簡単に思えるが、俺の場合は魅了の能力と精力の能力が作用しあって、特異な能力になってしまっている。
入間さんの検査によると、俺の性欲は現在10歳の時点で、一般的な成人男性の30倍あるらしい。
これから迎えるであろういわゆる思春期になれば、それはさらに爆発的に膨れ上がってしまうかもしれない……。それまでにしっかりコントロールできるようにならないと、冗談抜きで犯罪者コースまっしぐらだ。
今日は入間さんのところに出掛けた疲れや、父さんのことがあって特に意識することなく眠気の方が先に襲ってきた。……どれだけ辛い鍛錬になっても、俺は絶対にこの力をコントロールするんだ。
そう思いながら、目を閉じるとあっという間に眠りへと落ちた。
翌朝、俺は尋常ではないほどの性欲の昂ぶりで目が覚めた。
「な……何だよこれ……」
昨日までとは明らかに違う。すでに性欲が限界まで膨れ上がっているのが感覚的に分かる。こんな状態が続いたら、禁欲どころか普通に生活することだってできなくなってしまう……。
入間さんが昨日、言っていた。
「思考ができるうちは、まだ耐えられる。本能で動き始めたと思ったら、それが今の君の限界だ。我慢せずに発散したまえ。その時はチェックシートに○印を付けてほしい」
……そうだ、まだ耐えられるんだ。
俺は、フラフラになりながらリビングへと向かうと、朝食の支度をしている母さんがいた。
「あ、おはよう雄飛ちゃん♪」
そう言いながら母さんは俺の方へ近づいてくる。……だけど、その瞬間に俺の目は自然と母さんの胸元や腰に行ってしまう。実の母親なのに、俺は明らかに興奮してしまっている。
「どうしたの、雄飛ちゃん? 体調悪いの?」
俺のボーッとした様子に気づいたのか、心配そうに俺を見つめる母さん。……ダメだ……このままじゃやっぱり我慢できない。母さんに悟られないようにできるだけいつも通りを装って言う。
「……だ、大丈夫。今日は朝ご飯食べたら、すぐに宿題やるね? ママも部屋で仕事だよね?」
「うん、そうなんだけど……。本当に大丈夫?」
母さんが心配そうに俺の顔を覗き込んできて、俺は思わずドキッとしてしまう。
俺は無理に笑顔で返すと、テーブルに座る。そして誤魔化すように言う。
「俺、お腹空いちゃった。食べてもいいかな? いただきます!」
「あ、うん。どうぞ召し上がれ♪」
そんな俺の態度に少し戸惑いながらも、母さんは自分の分の朝食を準備するのだった。俺は朝食を食べ終えると、すぐに部屋に戻った。そしてすぐにベッドに横になる。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
すでに息は上がっていて、心臓の鼓動も早くなっている。何とか気持ちを落ち着けようと目を閉じて深呼吸を繰り返すが、欲望に支配されつつある俺の脳と体はそれどころじゃなかった。
「ダメだ……落ち着けよ俺……」
そう自分に言い聞かすが、一向に収まる様子が無い。
俺は、またしても入間さんの言葉を思い出す。
「雄飛くんは、"
昇華……。だけど俺は何をしている時、一番夢中になれるだろうか……。……とりあえず宿題をやろう。
宿題を始めて最初のうちは悶々としていたけど、1時間経つ頃にようやく集中できるようになってきた。だけど、それだけ欲求は強まっているのか、ふと油断すると俺の脳内にはやらしい想像しか思い浮かばなくなっていた。
宿題のドリルに集中しようとするけど、気付けばページを捲る手を止めて考えてしまう……。そして母さんにコーヒーを持ってきてもらう時も、明らかに意識してしまっていた。
「……はい雄飛ちゃん。熱いから気をつけてね」
「あ、ありがとう……」
今日の母さんの服装は、薄手のTシャツにデニムのパンツ。……母さんはスタイルがいいから、そんな格好でも十分色っぽく見える。
俺の部屋に来たついでに服を畳んでくれる母さん。その時に屈み、お尻を突き出す格好になる。デニムを履いているため、お尻のラインがはっきりと強調されている。今の俺はどうしても、そちらに視線を奪われてしまう。
「どうしたの雄飛ちゃん? さっきから落ち着きがないけど」
俺の視線に気付いて、母さんが俺の方を振り返る。俺は慌ててごまかす。
「いや……別に何でもないよ……」
俺がそう答えると母さんは何も言わず再び服の方へ視線を戻した。その後も俺は何度か集中力を乱されながらも宿題を進め、なんとか終わらせることができた。
昼食の時間も、どうしても母さんのお尻を目で追ってしまう。母さんはたまにテーブルの下のケースに入れた雑誌を読んだりするので、俺の目の前で屈みこんだりするのだが……。その仕草がいちいち色っぽく見えてしまうのだ。
俺はついに我慢できなくなり、外に出掛けることに決めた。情報が多い外なら、俺のこの異常な煩悩も薄れるかもしれない。
「あ、雄飛ちゃん。どこか行くの? 車に気を付けて、暗くなる前に帰って来てね~?」
母さんがリビングで俺にそう言ってきた。俺はなるべく母さんの方を見ないようにして返事をすると、玄関へ向かう。
暑い日差しが照り付ける。けど、その暑さが逆に心地よかった。やっぱり外は五感への情報が多くなり、先ほどまでの煩悩も少しずつ和らいでいく気がした。
俺はとりあえず人が多い商業エリアに向かうことにした。人ごみの喧騒にいれば、少しは欲求も治まるかもしれない。
"精力"の能力にはこのように苦しめられているが、"魅了"の能力の方は、入間さんから昨日貰った薬のおかげで完全にシャットアウトされているようで、女性たちからの熱い視線を感じることは無くて、ホッとした。
大型商業エリアに到着する。店の種類は様々で、服屋や雑貨屋から食事処まで揃っている。俺はとりあえず歩きながら目ぼしいお店を見て回ることにした。
「ん?」
そんな俺の視界に1つの店舗が入ってくる。……それはアダルトグッズの専門店だった。今までなら気にも留めずにスルーしていただろうけど、今の俺は目を離さずにいれなかった。……本当に俺はどうしてしまったのか……。
俺は逃げるようにその場を去ると、リーズナブルな服を売っているお店に入った。適当に服を選べばいいと思ったのだが、それが間違いだった。日曜日であることもあって、店内は混み合っていた。
若い女性がたくさんいて、俺は落ち着かなくなってしまう。そして服を選ぶ女性たちを無意識的に目で追ってしまう。……俺は一体何を考えているんだ? これじゃあ本当に変態じゃないか……。
俺はその店にいるのも危ないと感じ、すぐにその場を去る。どこへ行っても若い女性がいると俺は目で追ってしまうのだ……。
俺は慌てて商業エリアを抜けると、家の近くまで戻って来る。煩悩を振り切るように、無我夢中で走った。
その時に気が付いた。息を切らして走っている間は、あの異常な性欲を感じずに済んでいる。
もしかすると……。そう思った俺は、もっと疲れるまで走り込んでみることにした。
そして数十分後、俺はヘトヘトになりながらも、心地よい疲労と達成感を感じていた。……これだ! 今の俺には、トレーニングをするのが1番良いんだ! これが入間さんの言っていた、欲求を昇華させるということなのかもしれない。
「はぁ……はぁ……ただいま~!」
玄関を開けて靴を脱ぐと、そのままリビングのソファへ倒れ込む。母さんは俺の様子を見て驚いた顔をする。
「ちょ、ちょっと雄飛ちゃん大丈夫? すごい汗だよ!」
「うん……ちょっと体力つけようかと思ってさ……」
母さんは俺にお水を持って来てくれると、そのまま俺の隣に座る。俺は起き上がるとコップを受け取り、一気に飲み干した。
「あんまり無理して怪我しないでね? 雄飛ちゃんまだ小学生なんだから」
母さんは優しくそう言うと、俺の頭を撫でてくれる。それだけで俺の心は癒されて、疲れも吹っ飛んでしまうから不思議だ……。
「ありがとうママ! ママのおかげで頑張れるよ!」
俺は母さんにお礼を言うと、部屋に戻る。そして、前世ぶりに筋トレをすることにしたのだ。今はまだ七海と再会すること以外、自分の夢とか目標とかわからないけど、とりあえず欲求に負けそうになったら運動しよう!
煩悩は消えるし、体は鍛えられるしで一石二鳥だ!
俺は前世の一時期、筋トレにハマっていた時期があるため、メニューやセット数を自分の体に合わせて考えるのは得意だ。まぁ、まだ小学生だから無理せずできることを継続していけばいいだろう。
その日から、走り込みや筋トレといった肉体を鍛えることが俺の煩悩発散のルーティーンになったのだった。
それから数日後の昼休み、俺は華怜に運動による欲求のコントロールのことを話した。
「じゃあもう5日くらい、禁欲できてるってこと? 性欲が一般的な成人男性の30倍以上あるって入間が言ってたのに、凄いじゃない!」
華怜は素直に褒めてくれた。たしかに常人の30倍を抑え込んでいると思うと、我ながら凄いと思う。
「まぁ、さっそく色々コツを掴んできてるしね」
「でもただ発散させるだけじゃダメなのかしら? だって、男の人って発散すれば落ち着くものなんじゃないの?」
不思議そうに首を傾げる華怜に、俺は答える。
「いや、それじゃあ本能的に欲求に流された結果になるから意味がないらしいんだ。それを続けているうち、自分1人じゃ我慢できない瞬間が来て……わいせつ行為とかで逮捕される未来が待ってるだろうね」
華怜はそれを聞くと、ため息をつく。
「本当に厄介な能力を持って転生しちゃったわね……。いっそ身を任せた方が楽でしょうに、雄飛は本当に強いわね」
彼女に強い、と言ってもらえたことが嬉しくて、これからの鍛錬の励みになる。
「ありがとう華怜……」
俺がそう言い終えると、ちょうど昼休みが終わるチャイムが鳴る。
「あ、もう時間ね。またね、雄飛」
そう言って華怜は立ち上がると、自分の教室へと戻っていくのだった。
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