第8話「誕生日 ~華怜のプレゼント~」

 そんなことがあったけど、その日の夜は父さんの絶品料理と、父さんと母さん合作ケーキで俺の誕生日を盛大に祝ってくれた。

「雄飛おめでとう!」

「雄飛ちゃん、おめでとう!」

「ママ、パパありがとう!」


 父さんの美味しい料理をお腹いっぱい食べたあとは、父さんと母さんが2人で作ったケーキを食べることにした。2人で作ったケーキはチョコレートとイチゴのシンプルなデコレーションのホールケーキだった。

「ほら雄飛。お前の好きなチョコケーキだ。たらふく食べるんだぞ? あ、ここのちょっと崩れた形の部分がママが担当したころだ、ははっ!」

 父さんはいたずらっぽく笑いながら、ホールケーキを切り分けていく。

「もう、ひど~い! パパったらいじわるなんだから!」

 母さんは頬を膨らませて怒ったフリをする。そんな2人を見て俺も笑った。


 父さんが切り分けてくれたチョコレートのケーキを一口食べると、その美味しさに思わず笑顔になる。

 そんな俺を笑顔で見つめる両親。

「美味しいか? 雄飛」

 父さんがそう聞いてきたので、俺は素直に答えた。

「うん! すっごく美味しいよ!」

 俺がそう言うと、2人はまるで自分のことのように喜んでくれた。

「きゃあ~、可愛すぎ! やっぱり天使だよ、雄飛ちゃん♪」

 母さんはそう言って俺を抱き締める。

「あ、こら! ママ、抜け駆けはずるいぞ!」

 そんな父さんの言葉に構わず、母さんは俺を強く抱きしめ続けた。


 俺は恥ずかしくなって、顔を赤くしながら言った。

「わ~! もうママ、苦しいってばぁ~!」

 俺がそう言っても、母さんはなかなか離してくれなかった。そしてそのあと、ケーキを食べている途中も2人はずっと笑顔で俺を見守っていたのだった。そんな幸せそうな両親の顔が眩しくて、俺も幸せだった。



 少しして、母さんの元所属事務所の社長である新山さんから、プレゼントが届いた。俺の誕生日を覚えていて、プレゼントを贈ってくれたらしい。中身は、子供用のウェアだった。

「わぁ~、可愛い服! 雄飛ちゃん、早速着てみよっ!」

 母さんは目をキラキラさせながらそう言うと、俺に有無を言わせず服を脱がせて着せてくれた。俺の体に丁度良いサイズで着心地も良かった。母さんと父さんは大絶賛してくれて、俺も嬉しかった。

「かぁわいい~!! まるで女の子みたい!」

 母さんはそう言ってまた俺を抱きしめる。


 その後、母さんは新山さんにお礼の電話をかけ、俺も変わってもらって直接お礼の言葉を伝えた。

「雄飛君、お誕生日おめでとう。これからもパパとママと仲良くね? また近いうちに遊びに行くわ」

「新山さん、ありがとう! 貰ったプレゼント、大事にするね」

 俺は元気よくそう答えると、電話越しに新山さんが笑ったような気がした。新山さんにもお世話になりっぱなしだ。大人になったらたくさん恩返ししないとな。



 新山さんとの電話を終えると、再び家の電話が鳴る。

「あ、お久しぶりです! 元気にしてましたか~。いえいえ、うちの子は相変わらずで……はい……はい……」

 母さんが明るい声で話している。微かに受話器から漏れる声は落ち着いた女性のものだった。……誰だろう? と俺が思っていると。

「あら~、久しぶり~。相変わらず可愛い声だねぇ♪ ……わぁ、きっと喜ぶよ! 今、代わってあげるね!」

 そう言うと、母さんは俺の方を見て手招きした。母さんに駆け寄ると、受話器を差し出される。

「雄飛くんとお話がしたいって言ってるよ?」

 母さんは笑顔でそう言った。俺は受話器を受け取ると、その声の主に話しかけた。


「……あの、もしもし?」

「あ! 雄飛くん? 久しぶり、華怜だよ~!」

 可愛らしい声が聞こえてくる。華怜が久しぶりに電話をくれたんだ。親の前であるため、子供っぽい声と口調の演技をしている。俺もそれに倣って返事をする。

「わぁ、かれんちゃん! 久しぶり~!」

「ほんとだよー、せっかく電話番号渡したのに雄飛くん全然電話してくれないんだもーん」

 電話の奥の彼女の声は笑っていたが、目は笑っていないような気がする……。

「ご、ごめんね?」

 俺がそう謝ると華怜はクスクスと笑う。

「ううん! じょうだんだよ。今日お誕生日だったよね? おめでとう、雄飛くん」

「ありがとう、かれんちゃん! とっても嬉しいよ!」

 俺がそう答えると、華怜は「良かった」と言って話を続けた。


「プレゼントがあるから電話したの! 私のお母さんからも雄飛くんのお母さんに話してもらうけど、今度近くの公園かどこかで待ち合わせしたいなって。どうかな?」

「本当に!? ありがとう! 僕からもママに頼んでみる。会えるの楽しみにしてるね! かれんちゃん!」

 華怜からも誕生日を祝ってもらったのが嬉しかった。最後はお互いの母親に代わって、日程の調整をしてもらうことになった。

 その後、母さんと華怜の母さんが電話して日程を決めてくれたようだ。

「雄飛ちゃん、来週の土曜日に華怜ちゃんと会えることになったからね♪」

「うん! ありがとう、ママ!」

 俺がそう答えると母さんも嬉しそうに笑う。



 華怜との約束の土曜日になった。

 俺はこの日を楽しみにしていた。華怜が小学校に上がってから、なんやかんやで会うのは初めてだったからだ。

 彼女のことを忘れたわけではないし、会いたいとは思っていたけど、まだ5歳の俺が勝手に電話をかけることも1人で外出することもできず、連絡を取ることができなかったのだ。

 俺は母さんに手を引かれて、待ち合わせ場所の公園へ辿り着く。華怜がブランコに乗っていて、その後ろには彼女の母が立っていた。


「か、かれんちゃん!」

 俺が声をかけると、ブランコに乗っていた彼女は振り返る。短い黒髪がふわりと舞うと、笑顔で「雄飛くん!」と言って駆け寄ってくる。

「久しぶりだね! 元気にしてた?」

 俺はそう言って彼女に笑いかける。すると彼女も嬉しそうに笑って、

「うん! すっごく元気だよ! 雄飛くんは?」

「僕もすごく元気!」

 俺がそう答えると彼女はまた笑う。華怜は相変わらずお人形さんのように綺麗な瞳だった。


「ああそういえば! あらためてお誕生日おめでとう、雄飛くん!」

 華怜が思い出したようにそう言ってくれると、彼女の母さんもお祝いの言葉をくれた。そして、華怜は手にしたプレゼントを俺に渡してくれる。

「これ、私から。お誕生日おめでとう!」

 そう言って差し出されたのは可愛らしい包みだった。俺はお礼を言ってそれを受け取る。

「わ~、開けてもいい?」

 俺がそう尋ねると華怜は笑顔でうなずく。俺は少し緊張しながらも包みを開けると、中から手作りと思われる首飾りが出てきた。

「わぁ! すごい!」

 俺は思わず感嘆の声をあげる。


「ビーズで作った簡単なものだけど、私と一緒に頑張って作ったのよ。ね、華怜?」

「うん、ママも手伝ってくれたの!」

 彼女は嬉しそうにそう言った。俺は彼女の手作りの首飾りを胸に抱くと、嬉しさが込み上げてきた。

「本当にありがとう! かれんちゃん! 僕、大切にするね!」

 俺がそうお礼を言うと、彼女は照れたように笑った。さっそく母さんに首にかけてもらう。


「わぁ、とっても似合ってるよ! 雄飛くん!」

 華怜はそう言って喜んでくれた。それを見て満足そうに微笑むと、華怜の母が俺たちに言う。

「さぁ、せっかく久しぶりに会えたんだから2人で遊んできなさい?」

 俺たちはその言葉にうなずくと、公園で一緒に遊ぶことにした。

 華怜がシーソーに乗りたいと言ったので、2人でシーソーに乗る。俺が漕ぐと、華怜は楽しそうに笑う。俺もつられて笑った。



「ねえ、雄飛?」

 華怜が急に真剣な口調で俺に話しかけてきたので、少しドキッとする。

「どうしたの?」

 彼女は一度、母さんたちの方を見てからこちらに視線を戻す。

「……どうしたの? じゃないわよ……。せっかく電話番号教えたのに、半年経っても連絡くれないなんて! 私がどれだけ心配して……あっ、いや……そうじゃなくて……」

 華怜は1人で顔を赤くして慌てながら言う。

「え? 心配って……。華怜、何かあったの?」

 俺がそう聞くと、彼女は少し怒ったように答えた。

「……雄飛から連絡がないから、何か悪い事件にでも巻き込まれたんじゃないかって心配したのよ! でも無事で良かったわ」

 華怜は安心したように言うと、ホッと胸を撫で下ろす。


 俺はなんだかとても嬉しかった。

「……ありがとう! 華怜」

 俺がそう言うと、華怜はまた笑顔になる。

「とにかく! これからはもう少し、そっちからも連絡してよね? ま、まぁ別に寂しいとか、楽しみに待ってるってわけじゃないけどね!」

 華怜は早口でまくし立てる。

「ああ、これからは連絡する」

 その言葉を聞いた彼女は、納得したようにうなずく。


 それからはしばらくお互いの近況について話し合っていた。

 彼女の方は小学1年生であるため、まだまだ授業が簡単すぎて日々退屈なのだそうだ。だからもっぱら図書室でできるだけ難しくて、暇つぶしになりそうな本を選んでいるらしい。簡単な漢字に足し算引き算、などかつての1年生としての記憶が蘇る……。

 やはり転生者である華怜にとって、小学生の授業は分かり切ってて退屈だろうな。俺も来年から、そういう時間を過ごすと思うと少し憂鬱になる。


「それで? 雄飛の方はどうなの? 何か変わったことあった?」

 華怜に尋ねられ、俺はなんでもないとすぐに返そうとして言葉に詰まった。

 スーパーでの誘拐未遂事件や、ショッピングモールでの3人の女性によるつきまといを思い出してしまったからだ。そして悩む。このことを彼女に言うべきか、と。

 あれは偶然のことだったのか……それとも転生者であることが何か関係しているのか……。だけどもしも転生者と何ら関係が無いのなら、彼女に余計な心配をさせてしまうことになる。


「ん? どうかしたの?」

 俺が黙り込んでしまったのを見て、華怜が心配そうに声を掛けてくる。俺は慌てて首を横に振った。

「いや、なんでもないよ」

 俺は悩んだ末に、華怜には黙っていることにした。彼女に余計な不安を与えたくなかったから……。きっとこれは転生者であることと関係ない。だから彼女には伝えないでおこう、と。

 だが……。

「はぁ……嘘はよくないわよ、雄飛。何か私に隠してるでしょ? 顔に書いてあるわよ?」

 華怜は呆れたように言う。俺は驚いたように、彼女の方を見る。それが彼女の推測を確信に変えてしまった。

「やっぱりね、嘘が下手なんだから」

 華怜はため息をつくと、真剣な目で俺を見る。

 

 俺は観念して話すことに決めて口を開く。

「……実は最近……いや、けっこう前からなんだけど……行く先々で、時々視線を感じてさ……」

 俺がそう切り出すと、華怜は驚いたように目を見開いた。

「え? それってストーカーってこと?」

「……どうかな……知らない人ばかりだし」

 俺は最近のできごとを全て華怜に話して聞かせた。


 彼女は少し考え込むようにあごに手を当てた。

「う~ん、たしかに雄飛は雄飛のママに似て可愛いから、狙われてもおかしくはないけど……その数と頻度がちょっと普通じゃないみたいね」

 華怜はあごに手を当てたままそう言った。

 たしかにそうなのだ。これまでその頻度が少しずつ増しているように感じる。

「……今日会えたのは、本当によかったわ……。雄飛、私がさっきあげた首飾りあるでしょ? 外出する時は、あれを必ず持ち歩くようにして。身につける必要はないから、ポケットに入れるなり、バッグの持ち手につけるなりして持っておけばいいわ」

 どういうことだろう? さっき華怜からプレゼントしてもらった首飾りに、何か秘密があるのだろうか?

 華怜の真剣な表情から察するに、そうなのだろう。


「さっきの首飾りになにかあるのか? 華怜」

 俺がそう尋ねると、彼女は真剣な表情でうなずいた。

「さっきあげた首飾りを持っていれば、あなたに起きている変化をある程度食い止めることができるはずよ。原理については……」

 そこまで話しかけた時だった。


「華怜! そろそろ帰るわよ~? 今日はおばあちゃんちにも行くんでしょ~?」

 華怜の母がこちらに向かって呼びかけた。どうやらもうお別れの時間が来てしまったようだ。

「原理についてはあとで話すわ。とにかく、外出する時は絶対にあの首飾りを持ち歩くこと! それから、毎日過ごしてる中で、何か少しでも自分自身や周りに異常が現れた時はすぐに電話してちょうだい?」

 華怜は念を押すようにそう言った。俺は素直にうなずくと、彼女の指示に従うことを誓った。 彼女も笑顔で返すと、俺と一緒に母さんたちの方へと向かった。


「久しぶりにお話しできてよかったです。今度、雄飛くんと一緒にうちに遊びに来てください、舞歌さん」

 華怜の母は、俺の母さんにそう話しかけた。母さんは笑顔で返す。

「はい! それはもうぜひ! うちにも遊びに来てくださいね? また連絡します」

 俺と華怜はそれぞれの母親と手を繋ぎながら、手を振って別れる。


 まだ詳しいことはわからないけど、今日華怜に会うことができてよかった。

 認めたくないけど、俺に起きている異変は転生者としてのものなのかもしれない。

 俺は華怜に言われた通り、外出する時は首飾りを必ず身につけることにした。そして、何か自分に変化があればすぐに彼女に連絡を入れることを再確認するのだった。

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