第2話 白剣(はくけん)


「「「いち! に! いち! に!」」」


「一振り一振り全力で振るんだ! 手を抜くんじゃないぞ!」


「「「はい!」」」


 精霊に守られし国、精樹国アマーリス。


 この国には、精霊大樹と呼ばれる大きな大きな大樹がある。


 その精霊大樹から、年に一度小枝が落ちてくる。小枝と言っても、元々が大きな大きな大樹であるから、その大きさは並みの木よりもよほど巨大だ。


 そんな巨大な小枝だが、不思議と落ちてくるスピードはゆっくりで、それで怪我をした者はひとりもいない。


 そうして落ちてきた小枝は、職人の手によって切り分けられ、100本の木剣へと加工される。


 これが〈白剣(はくけん)〉だ。


〈白剣〉には不思議な力があり、魔力を込めると、持ち主に応じた木剣へと変化する。


 また、魔力を込めてから10月10日が過ぎると、さらに姿が変化し、真剣となる。大剣になるものもいれば、短剣になったり、槍になったり、鎌になったりもする。その姿は千差万別で、ひとつとして同じものはない。


 唯一同じなのは、真っ白だということだけ。


〈白剣〉は1年に100本しか作られないため、〈白剣〉の持ち主は優秀な者が多い。そして、特に優秀な者は、〈白剣騎士〉として選抜される。


 ちなみに〈白剣騎士〉は、子供のなりたい職業ナンバーワンだ。


「「「いち! に! いち! に!」」」


 だから子供たちは、こうして短い木剣を一心不乱に振り下ろしている。


〈白剣騎士〉になるためには、まず〈白剣〉の持ち主にならなければいけない。そのために必要なのが、精樹学園への入学だ。


 毎年作られる100本の〈白剣〉のうち、90本は精樹学園に与えられ、入学してきた子供たちが持ち主となる。たった90本なので、当然ながら、精樹学園への入学はとんでもない倍率となる。


 精樹学園への入学資格は、『精樹国アマーリスの国民で15歳であること』のみ。


 家柄は関係ない。無料の学園であるのでお金も関係ない。


 強さと教養。それだけが求められる。


「「「いち! に! いち! に!」」」


 だから子供たちは、こうして短い木剣を一心不乱に振り下ろしている。


 こうした光景は、どの町でも見られ、専門の教育機関まである。教師となるのは引退した〈白剣騎士〉が多く、それもあって、子供たちの熱意はますます高くなるのだ。


 そんな姿を横目で見ながら、僕はひとりで木刀を腰から抜き放った。


「エド。まだそんなことやってるのか」


 教師の声に若干の呆れが含まれているのは、何度言っても僕が木刀を振るのをやめないからだ。


「僕にはこの木刀が良いんです」


 そう、木刀。


 自作なので鍔(つば)は無し。修学旅行でよく見るタイプの木刀だ。


「刀なぁ。そんな細い剣で打ち合ったら、すぐに折れそうだ」


「刀は強いんです」


 この世界には刀がない。かどうかは分からないけど、少なくとも精樹国アマーリスには無い。〈白剣騎士〉であった教師が知らないなら、周辺国にもなさそう。


 僕には、前世の記憶がわずかながらにある。そこは地球の日本と呼ばれる国で、かつては他国とは一風変わった軍隊がいた。その軍隊が用いたのが刀だ。


 詳しい構造や製法は覚えていない。そもそも知らなかった可能性もある。けれども、鮮烈に記憶に焼き付いていることがある。


 目を閉じれば、いつでも思い出せるその光景は――、


 一瞬の銀閃。


 抜き放たれた刀は、瞬きする間に振り切られ、銀の残光だけを残して、再び鞘へと戻される。


 肥大化した憧れはそのままに、異世界の少年の中へと詰め込まれ、〈白剣〉という不思議な力(ファンタジー)も相まって僕の体を突き動かす。


 すなわち、刀が欲しい。


 静謐(せいひつ)で、しかし燃え盛る炎のように激しく、後に残るのは残滓のみ。


 あの銀閃が欲しい。


 おそらく、前世ではそれに手が届かなかったのだろう。手が届いていれば、これほどまでに渇望することはなかったと思う。


 そして、この世界では、手の届く範囲に刀がある。


 ならば目指す。


〈白剣〉を、そして刀を手に入れるために。

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