コリウス
辻田煙
第1話
今、この街には二つの異常がある。
一つ、今年に入った直後、砂浜に高校生の少女の死体が見つかったこと。
二つ、白石
澪の描く絵は何かが違う、と
複雑で狭く長い坂道――いまだ残る冬の気配を感じながら歩く彼女は、澪のことで頭がいっぱいになっている。
高校生とは思えない澪の艶やかでしなやかな手から生まれる絵の数々。その様を想像し、打ち震える。
なにより今日は、他の後輩の誰でもなく彼女に描かれる対象として選ばれた――それが美宇の足取りをより一層軽くした。
元より、彼女の家に行ける事自体嬉しくてたまらないのに、あの絵の数々の一つに加えられる――そのことが、ぞくぞくと背中を震わせ、胸を熱くさせる。
逸る気持ちをよそに坂道は延々かと思われるほど続いている。美宇は長い祭壇を上っている気になった。
やがて地図がなければ到底たどり着けない様な道を辿り、ようやく白石家に到着する。
家は立派なものだ。複雑怪奇な坂道が沢山あり、そこに這うようにして家があるこの一帯で一際目立つ豪邸。二階建ての真っ白な家屋と無理やり付け足した大きなアトリエ部分。周囲はなにかを恐れる様に空き地になっており、枯れ草が吹かれている。
もっとも、美宇には澪先輩の家以上のものとしては映らず、すぐに玄関に向かった。
呼び鈴を鳴らし落ち着きのない動きで待っていた美宇の前に、澪は玄関扉を開けて優美な微笑みで現れる。
自分とは真逆の胸程まである長い黒髪を見て、美宇は美しいと思った。それゆえに直視が出来なくなる。
「――いらっしゃい。……どうして俯いているの?」
「す、すみません。その、恥ずかしくてっ……」
「ふふ、それじゃあ、あなたのことを描けないじゃない。今日はずっと見るんだから」
澪の言う通り、描かれる対象である美宇は、ずっと彼女に見つめられ続けなければならない。
今の今まで思い至らなかったその点に気付かされ、美宇は身体を熱くした。そして、ますます澪の顔が見れなくなってしまう。
「中に入って。外は寒かったでしょう、ホットコーヒーでも飲みましょう」
手を引かれ、美宇は彼女の家に入った。
靴を脱ぎ、案内されるがままに家の中を横断する。吹き抜けの廊下や広いリビングを通り過ぎ――アトリエに入った。
「そこに座って。ええと、テーブルは……」
広く白い真四角なアトリエの中で、どんと中央を占拠してあった赤いソファーに座る。どこから引っ張って来たのか、澪は座った美宇の側に丸いサイドテーブルを置き、コーヒーを淹れに家の中に戻ってしまった。
何も言えず、されるがまま。しかし、興味だけは尽きない。尊敬する澪先輩の家の中で与えられたソファーから動くことも出来ず、ただアトリエの中を見る。
アトリエは壁の一面だけが窓ガラスになっていた。そこからは坂に広がる街並みと鈍色の海が見える。今はどんよりとした天候のせいで寒々しい。
中に目を向ければ、窓とは反対側に長いテーブルや、キャンバス、イーゼル、放置された絵具やパレット、絵描きらしいものが雑多に置かれている。
そしてなにより、ソファーの正面には大きな絵が飾ってあった。壁の一面を覆うのではないかと思う程大きなそのキャンバスには、海に沈む夕日とともに一人の少女が描かれている。
砂浜に立つ少女は可憐な笑顔を見せ、夕日により長い影を伸ばしていた。
美宇は少女に覚えがあった。異常のうちの一つ。砂浜で死亡してしまった高校生――白石こはるだったのだ。
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