ヒロインは修道院に行った
菜花
乙女ゲームのヒロイン
「マリア・ティーセン! 俺達が愛するのはこちらのアンネリー公爵令嬢だけだ! 二度とその汚らわしい顔を見せるな!」
マリア・ティーセン。満15歳。元日本人の転生者。乙女ゲームの世界に転生して貴族学園入学初日にわくわくしていたところ、まったくの初対面である攻略キャラ達にこのように言われる。
マリアは生まれた時から日本の社会人だった記憶があった。奇しくも転生前も真理亜という名前だったことはこの際どうでもいい。週二日の休みはどこへやら、一週間連続勤務のうえサービス残業で疲れ果てていたところにトラックが突っ込んで来た。最後に見たのは手足があらぬ方向に折れ曲がった自分の姿。こんな死に方するほどのことをしたというのか……と悲しみながら目を閉じた記憶がある。
記憶持ちのうえに大好きだった乙女ゲームの世界に転生したのは神様からの情けだったんだろうかと思い、学園入学を心待ちにしていた。
結果、攻略キャラから罵倒された。
社会人だったゆえに真理亜はそれなりに流行りには詳しいから分かった。
あ~これライバル令嬢あたりにも転生者いるな~。そんでゲーム知識で先に攻略されちゃってるな~。んーどうしたものか。
真理亜は鷹揚というか、呑気な性格だった。攻略キャラが先に攻略されていようが気にしない。
だって憧れのゲームのキャラ達に会えるというのは確かに嬉しかったけど……私キャラ×自分派ではなくてキャラ×キャラのが萌える性質なんですよねー。夢属性が薄いというか。ゲームヒロインのことも一人のキャラとして見てたし、ヒロインになったから同じことしようねとか言われても正直困った。ほとんど選択肢でしか喋らないキャラだったし尚更。甘い台詞とか画面の向こうから聞くからキャーキャー盛り上がれたんだし。正直中身アラサーの人間が十代と恋愛というのも抵抗感あったから、攻略不可になってるならそれはそれで。
このゲームもバッドエンドが存在しないから良かった。学園生活でパラメータを上げていけばラスボス的案件である、魔獣の群れのスタンピードにも一人で対応できる。万が一パラ上げ失敗してもご都合展開で何とかなったってエンドになるし。当然その場合は攻略キャラの好感度満たしててもエンドは迎えられないけど。
ライバル令嬢に嫌がらせするつもりはないし、大人しく自分の仕事をしていよう。
真理亜はそう思っていたのだが……。
「聞きまして? あのマリア・ティーセンという女性。作曲すれば神の旋律、筆を取れば文豪、料理をすれば一流シェフをも唸らせるアンネリー公爵令嬢の機嫌を損ねたんですって」
「まあ! あんな気さくな方を? 相当酷い人なんでしょうね」
入学式でもクラス内でもこういうヒソヒソは続いた。
いや、私は何もしてないし、するつもりもないのに、貴族が平民にそこまでするってあんまりでは?
直接何かしてくる訳でもないし、私が無実だということはこれからの態度で証明するしかない、マリアがそう決意した時だった。
「ねえ? マリア・バインリヒ令嬢? あのティーセンという平民と同じ名前だからといってどうか気に病まないでくださいね? 私にとってマリアといったら貴方だけ。貴方こそ本物のマリアですわ!」
そのアンネリーの言葉を聞いたマリアもぎょっとしたが、周りはそれ以上にぎょっとしていた。
マリアという名前は現実世界と同じで、非常によくある名前なのだ。この教室だけで五人はいる。
アンネリーから励まされた? バインリヒ侯爵令嬢は「え、ええ。お気遣い感謝いたします」 と言いながらも、口の端が引きつっていた。
ゲームではバインリヒ令嬢はお助けキャラで、プレイ中は色々お世話になったのでマリアも知っている。だからこそ先に味方につけたんだろうなと思いつつ、ちらりと周りを見る。
高名なアンネリーにお近づきになりたいと思っていた、マリアという名前を持つ侯爵以下の貴族令嬢は静かにアンネリー達から距離を取った。当然だ。バインリヒ令嬢以外のマリアなんてマリアじゃねーよと公言されて傷つかないはずがない。
真理亜ですら「それはまずいのでは?」 と思ったが、アンネリーは「上手いこと言ったわ!」 というノリで陽気におしゃべりを続けていた。迫害されてる側なのだが、ちょっと心配になった。
その心配は的中し、バインリヒ令嬢以外のマリアが「貴方のこと、誤解していたみたい。謝らせてくれる?」 と真理亜に言ってきた。この人達は公爵家を敵に回してもいいと思うくらい怒ってるのかなと色々考えてしまった。筆頭公爵家が敵になっている現在、最悪学園を辞めることも視野にいれていたので、初日でとりあえず大丈夫そう? となって真理亜はとりあえず学園生活を続けることを選んだ。
入学して三カ月、真理亜は地道に勉強と体力育成に励んでいた。
ゲームのラスボスに勝つにはひたすら魔力の成長――つまるところ知識と魔法をぶっ放し続けても大丈夫な体力が必要とされる。攻略キャラのルートに入っていれば愛の力でそれが半分肩代わりされて楽になるのだが……もうそんな期待は出来ない。自習時間で教室で書きとりをする傍ら、ちらりと窓の外を見る。アンネリーが中庭で攻略キャラ達を侍らせていた。もしかしてヒロイン乗っ取りする気なのかと思ったが、システム的にそれは不可能だし、そもそも授業中も手紙の送り合いしていちゃついてる彼らは何がしたいのだろう……。
自習時間が終わってお昼、真理亜は寮の食堂で作ったお弁当を出して友人と食べる。奨学金でここに通っている現状、一円たりとも無駄にできないのだ。購買でまとめ買いして氷魔法で保存して細々と食べている。
真理亜が友達とだべりながら食事をしていると、アンネリーがちらりと真理亜のお弁当を見た。そして第一王子のダミアンに言う。
「まあ……見ました? ティーセンさんったらいつも同じ中身。恥ずかしくないのかしら」
「しっ! 可哀想じゃないか。平民はお金がないのが普通なんだから」
ばっちり聞こえるように言うあたり、確信犯である。続いて現宰相の息子のエグモントが言った。
「平民は同じ物食べ続ける生き物ってだけでは? 体質をあれこれ言うのは無粋でしょう」
一見擁護しているようで馬鹿にしてるのは明白である。真理亜は良い気分がしなかったが……それ以上に周りの殺気だった雰囲気に困惑してしまった。
貴族学園と呼ばれているが、実際は成績優秀な平民だったり、富豪の子息だったりも通っていて、貴族と平民が7:3の割合だ。つまり平民もそこそこいる。当然、真理亜と同じように苦学生として似たような食事をしている者も。そして富豪の子息も平民といっしょくたにされてコケにされたことで、アンネリーと真理亜の件は我関せずでいたものの、この件で真理亜寄りになってしまった。真理亜は本気でアンネリーを心配した。あれ、進んで悪役になろうとしてるんじゃないよね?
一度、アンネリーと話をしようとしたのだが、騎士団長の息子のギュンターに阻まれてしまった。
「あの、誤解があるようなので一度アンネリー様とお話がしたいと思っていて……そこを通していただけますか?」
ひたすら頭を下げる真理亜にギュンターは冷淡だった。
「お前のような下民がアンネリー様と同じ空間で息をするのも無礼だと思っているのに……。死にたくなければ今すぐここから去れ」
「でも……」
「くどい! 言っても分からないのはこの頭か!」
次の瞬間には真理亜はガツンとゲンコツをくらっていた。武術をたしなむ人間にしては威力が弱かったから手加減はされていたのだろう。しかし、痛いものは痛い。本人は聞き分けの悪い子供にちょっとした体罰を与えたつもりかもしれないが……。
真理亜は諦めた。アンネリーと話したくてもアンネリーは一人にならない。そしてアンネリーには常に攻略キャラがいて、彼らは暴力も辞さないと証明されてしまった。もう無理だ。
真理亜は体力育成の時にもアンネリーに嫌味を言われた。
「この世界では火・水・風・土の属性のうち普通は二種類の属性を持ち合わせて生まれてくるものなのに……あのマリア・ティーセンは水属性しか持っていないんですってね。これって魔獣の特徴と同じでは? やだ、とんでもないことに気づいちゃった! 怖い!」
「ああアンネリー! 怖がらないでくれ! 同じ教室に魔獣がいたところで僕達の敵ではない!」
これにはそれまで中立を保っていた人間まで真理亜の側についた。何故か?
王都にある貴族学園にいると、確かに二種類は持っているのが普通に見える。だがそれは王都がウンディーネやシルフなどの精霊の力を魔力石に込め、それを都のあちこちで活用しているから多数の属性を持った人間が生まれやすいのであって、地方や魔力石を管理する家の人間なんかは属性の影響を強く受けるから単属性で生まれやすいのだ。つまり一つの属性しか持たない人間は真理亜だけではない。というかしっかりと調べたら学園の人間の四割くらいは単属性と解るはずなのだ。
魔獣呼ばわりされた単属性の人間達はアンネリーを見限った。
◇
お局と呼ばれる先生がいた。彼女は今年で教師を辞する予定だったので、方々から苦情の多いアンネリー一派の隔離を自分の名で行うことにした。
「アンネリー公爵令嬢。貴方はとても優秀ですから、授業を受けなくても結構です。つきましては空き教室の鍵をお渡ししますので、どうぞこちらでゆっくり過ごしてください。もちろん貴方を慕う方達とご一緒に」
普通の貴族令嬢ならそんな貞操が疑われるような真似を推奨してくることに憤慨しただろう。だがアンネリーは「あら、私は自分を優秀だなんてちっとも思ってないんですけど……どうしてもっていうなら仕方ないですね!」 とノリノリで受け取った。
真理亜はアンネリーに「ヤバい状況に追い込まれてない? 大丈夫?」 と忠告出来るものならしたかったが、身分差と取り巻きがそれを許さなかった。
ともあれステータス上げに集中できるのは助かった。嫌味を受け続けるとどうしてもストレス値が……。
そして育成に励んでいるうちに、気づいたことがある。
まるで攻略キャラがいなくなった穴を埋めるかのように、新たな人間が真理亜の周りに現れていることを。
第一王子のダミアンには第二王子のパスカルという異母弟がいた。その存在を知った時、真理亜は困惑した。
設定資料集では若い頃に流行り病で死んだって書いてあったのに? と。しかし友人達の話を聞くと、アンネリーが手洗いうがいマスクという習慣を広めたことで病はすぐに終息に向かったらしい。……そういう功績があったから、最初はアンネリー様は間違ったことを言わないと思っていたのに、と友人は呟いていた。
ともあれ、パスカルと関わることはないと思っていたが、何と向こうから接触しにきたのだ。しかも。
「『ゲームで死ぬはずのキャラが生きてたら色々狂う』 ……アンネリー様が昔、僕に向かって仰った言葉だ。心当たりは?」
真理亜は観念した。元々隠し事は下手であるし、ここまでくると同じ元日本人として、責任を取らないといけないような気がしたから。この世界が物語の中であると話した。
パスカルは疑わなかった。ずっと自分が生きていい存在なのか悩んでいたらしい。聖女と呼ばれたアンネリーに言われたことはずっと傷になっていた。何だったらアンネリーには淡い恋心すらあったのに、だから流行り病が軽症で済んだ時にお礼を言いに行ったのに、それを会った瞬間に打ち砕いてきたのだから。
「意味のない命なんてありません、と私は信じたいです。ごめんなさい、そう断言するには説得力が足りないですよね……」
真理亜はそう慰めた。アンネリーを信奉する者はいまだ多い。そういう人達からは痴女だの悪女だの言われているのだ。
パスカルは真理亜に協力すると申し出た。そしてこの世界が物語の中なら、その知識を利用してアンネリーを兄から遠ざけたい、とも。
とはいってもイベントというイベントはアンネリーに取られている現状だ。今更学園で起こることなんて……と考えて、ふと思い出した。
ダミアンと親密度が深まるにつれて、モブ達からあんな平民と仲良くするなど! とやっかまれるイベントがある。そこで二人は空き教室の空きロッカーで秘密のやり取りをするのだ。早朝にダミアンが手紙を入れて、マリアが授業が始まる前に受け取って休み時間に手紙を読む。昼休みに返事を書いて、放課後にダミアンが受け取る。これで一緒にいるところを見られることはない。このイベントのエモいところは、エンディングでこの話が出て、老人と呼ばれるような年齢になっても、お互いこの時の手紙を大切に保存して、時折読み返しているところ。
そのことをダミアンに話すと「貴方が冤罪だという証拠が欲しい。何かそれらしい行動が映像石に撮れれば……」 と言うので、二人で空き教室に忍び込むことにした。
まさか来る訳ないだろうと思っていたが、アンネリーは来た。
「おっかしいなあ。手紙入ってないじゃん! ヒロイン宛ての手紙が私宛てになってたらダミアンが私に夢中って安心できたのに! まさかヒロインがこっそり受け取ってるなんてことないよね? まったくヒロインは油断ならないんだから!」
真理亜は茫然とした。
いやあれは身分差で悩む二人だからこそ考えたコミュニケーションであって、隠れてやり取りする必要が全くない公爵令嬢相手にする訳ないだろ! そもそもあれだけ人目をはばからずイチャイチャしてるのにまだダミアンを信用してないの!?
頭痛を抑える真理亜をよそに、パスカルは淡々と証拠集めをした。
ふと、色んな功績のあるアンネリー相手にそんなことをして大丈夫かと聞いてみた。
「その功績、貴方の話を信じるなら、全部盗用ですよね。手洗いうがい、マスクの開発、作詞作曲、レシピ……他人の考えたものを彼女は全部自分が考えたと言っている。僕はそういう人間性の人に王妃になってほしくはない」
前世では知識チートって割と定番の話だったけど、嫌な人は嫌だもんなと真理亜は黙った。けどそういうのを楽しんで読んだり書いたりしていた自分もまた王妃に相応しくは……。
◇
学園からの帰り道、アンネリーに出くわして「私をつけまわしてるのかしら」 と身をすくめたアンネリーを庇うように立ったエグモントが「頭の悪い平民が貴族を理不尽に妬むのはよくあるとはいえ……」 と遠回しに真理亜を馬鹿にした時、「理不尽に妬んでいるのはどちらでしょうね」 と真理亜を庇う男がいた。ロホスというエグモントの従兄弟だった。「貴方のお父上はお怒りですよ。広い視野を持つべき国の頭脳が一人だけを心酔するのは良くない傾向だというのに、息子だけがそれを分からない、と」 それから二人は言い合いをして、エグモントのほうが去っていった。嫌味から助けてくれたのかとお礼を言うと、「自分は嫌味を言った男の親族ですよ」 と返された。「それがお礼を言わない理由になりますか?」 と言うとロホスは「なるほど、お人好しですね」 と言って去っていった。心なしか、耳が赤くなっていた。
◇
ラスボス戦も近いある時、真理亜は屋上で一人魔法の鍛錬をしていた。そもそもの話、貴族学園は魔獣のスタンピードに備えて作られた。魔獣はまず若い肉の集まった学園を狙うのだ。覚醒して空きっ腹を満たしたあとは世界を荒らしまわる。魔獣は自身の力を高めるために魔力の強い場所を住処としやすい。結果、単属性になりやすい。迎え撃つとしたらどうするべきか? 魔獣側からみて苦手属性の魔力が豊富な人間に出て貰えばいい。アンネリーは馬鹿にしたが、単属性というのはそれだけ精霊の加護を受けているということ。そしてヒロインが入学したのも偶然ではない。魔獣は周期的に住処を変える。そして今回は火の精霊の魔力が強い場所に籠っている。なら、海の近く、ウンディーネの祠の管理人一族のヒロインであるマリアが討伐の適任という訳だ。
真理亜は順調に育成を終え、一人でも対応可能な域となっていた。あとは当日、この屋上から魔法を連続発射して……いや最初にどーんと出してそれをあっちこっち動かすほうが効率いいかな? とイメージトレーニングをしていたところ、ギュンターがやってきた。
「アンネリー様を害する計画を立ててるんじゃないだろうな?」
「……しませんよ、そんなこと」
「どうかな。アンネリー様は怯えておられる。『ヒロインが次々周りを味方にしていて怖い』 と。一体どんな方法を使ったのやら、考えたくもないな」
真理亜は私が味方を作っている訳ではなく、貴方の周りから人がいなくなってるんですよ、と弁解したかった。
「警告だ。今すぐ学園を去れ」
「え? 無理ですよ卒業間近なのに。それにもうすぐ魔獣のスタンピードの時期でしょう? それが終わってからでも……」
「どうしてお前はそんなに頭が悪いんだ! 平民は大人しく貴族の言うことを聞いてろ!」
ギュンターが手を振り上げた。また殴られると思って咄嗟に目をつぶったが、いつまで経っても衝撃が来ない。
恐る恐る目を開くと、何者かがギュンターの手を掴んでいた。
「お前は……アヒム!?」
「……尊敬する師の息子であり、兄弟子であるギュンター様がこのようなことをなさるなんて……残念です」
「邪魔をするならお前でも容赦しないぞ!」
ギュンターはアヒムに掴みかかったが、あっさり投げ飛ばされていた。投げ飛ばしたアヒムのほうが驚いていた。
「……ギュンター様、この三年、一体何をなさっていたのですか? 三年前より弱い……」
「黙れ! 場所が悪かったんだ! 今度会ったらただじゃ置かないからな!」
そう言って逃げるように去るギュンター。アヒムはそれを見送ると真理亜に「怖い思いをなさったでしょう。兄弟子が申し訳ない」 と言った。
「い、いえ。私のことは気にしないでください。自分で言うのもなんだけど、私も気が強いので! でも、ありがとうございます」
お礼を言ってそそくさと去る真理亜。
攻略キャラ三人と入れ替わるように現れた三人。強制力なんてものがあるなら、あの三人がそうなんだろうか。
中身アラサーの女相手に恋愛なんて可哀想だ。相手がいなくても世界を救うつもりなんだからほっといてほしい。
◇
卒業式。終わると同時に近くの山から魔獣の咆哮が聞こえた。教師陣が門を封鎖しようとして、アンネリーがそれを止めた。
「私が止めてみせます! なんていったって、私は全種類の属性持ちですもの!」
そう言って入り口に立って魔獣を迎え撃ったが、当然お話にもならない。火属性の魔獣相手に風や土を放っても、余程の魔力がなければ魔獣は倒れない。アンネリーは人より強いといっても、一般人に毛が生えた程度なのだ。真打とばかりに水の属性で攻撃するが、何百という魔獣を相手にちょびちょび出してもまさしく焼け石に水だ。慌てたアンネリーは火の魔法を放つが、それは今回の魔獣達と同属性。かえって魔獣を強化してしまった。
「話が違うじゃないかアンネリー!」
叫ぶダミアンにうろたえるアンネリー。
「え? え? だって私、悪役令嬢……」
彼女が世界を救うというならそれでも良かった。この様子では駄目そうだと思った真理亜は屋上から魔法を放つ。
大量の水流が学園目がけて四方八方から現れ、魔獣を飲み込んでいく。それなのに学園を避けるように水は動いて、人的被害はまったくない。
一体誰が、と屋上を見やると、そこには真理亜がいた。
◇
全てが終わったあと、自宅で謹慎状態のアンネリーとやっと二人で話すことができた。
「あの……ゲームをプレイしてたんですよね? だったら単属性の強い加護持ちでないとスタンピードは止められないって知ってるはずなんですけど……」
どうして自分で対処できると思ったのか。真理亜はそこが不思議でならなかった。攻略対象のイベントは全部抑えてるのに肝心要の部分だけ知らないなんてあるのだろうか? その疑問にアンネリーは怒声で答えた。
「うるさいわね! 乙女ゲームって略奪恋愛上等でヒロインは薬物で攻略対象の心を奪うんでしょ! そんな頭おかしいゲームプレイするはずないじゃない!」
「は? え? プレイしてないって……じゃあゲームの内容をどこで知ったんです?」
「二次創作だけど? ゲームはしたくないけど声優と絵師は好きだったし?」
絶句する真理亜の横でアンネリーはぶつぶつと「原作沿いアンネリー総受け二次の通りにしたのに……最後は奇跡の力で魔獣退治してたのに……何が間違ってたっていうの。あの作者、原作沿いとか嘘ついたわけ?」 と延々とぼやいていた。
最大の疑問が解けた真理亜はこのまま帰ろうかと悩んだ。ここに至っても仲良くなる気はなさそうだし。……腐っても同じ元日本人同士、誤解さえ解ければ色々語り合えればと思ったんだけどな。正直未プレイで悪く言う人は地雷だ。それに何より……自分の書いた二次創作を嘘つき呼ばわりはライン越えてる。よりにもよって同じキャラ担にこんな扱い受けるなんて。死ぬ前になんでこんな死に方しなきゃならないんだと思ったけど、ゲームのイベント全部他キャラにスライドさせて原作ヒロインを無神経な傲慢キャラに書いた二次創作、きっと不愉快になった人はいるだろうな……。だって選択肢でしか喋らないキャラに感情移入とか無理だったもん。どうしても高圧的に感じちゃうんだもん。長い前髪で顔が見えない系のもさい立ち絵だったから視界に入る度テンション下がるんだもん。だったら美女な立ち絵のアンネリー×キャラのほうが萌えたんだもん……。今更何を言っても言い訳にしかならないけど……。
去ろうとする真理亜をアンネリーが引き留めた。
「待ちなさいよ! あんたこのまま聖女権限で私を修道院送りにする気ね!?」
「え? ええと……修道院へは私が行きます」
「は?」
「だって私、自分がキャラと恋愛するのは解釈違いだし……。修道院にでも入らないと聖女補正で誰かと婚姻させられちゃう。もう話は通してあるので、数日後には出発します」
「何よそれ……それならそうと最初に言いなさいよ! 怯えて損したじゃない!」
「いや、私が近寄ろうとしても寄せ付けませんでしたよね? 入学の時に大勢の前で罵倒までして」
「だって悪役令嬢だもん! それくらいしないと怖いじゃない!」
「……訂正させてもらいますけど、このゲーム、悪役令嬢なんていませんよ? アンネリーも攻略可能キャラですし」
「は? え? だって、読んだ話では、アンネリーは悪役令嬢で、無神経なヒロインに苦しめられてて……」
「キャラに入れあげるあまり、色々盛る話は多いですよね。うんうん。推しの話だったら盛られてなんぼですもんね。……でもゲームでそんなキャラいません。これが事実です」
「そう……なんだ。あ、じゃあ私あの二次に騙されてたんじゃない! あなたヒロインでしょ、助けてよ、このままじゃ私、四十も上の爺のところに嫁がされちゃう!」
「……修道院行きが決まってる人間にそれをどうこうする権限はないです」
「はあ!? 人が困ってるのに助けないなんて……それでもヒロインなの!? やってることヒドインじゃない! 同じ日本人でしょ、助けなさいよ!」
「……そうですね。同胞一人助けられない私は、ヒロインの資格はない。だからノーマルエンドが妥当なんです」
後ろからまだ何か言う声が聞こえたが、真理亜は黙って屋敷を去った。アンネリーに家族の命を救われたというメイドや従僕などからは睨まれたり舌打ちされたが、そこまで慕う人がいるなら安心だろうとも思う。
◇
攻略キャラことダミアン、エグモント、ギュンターは第二王子のパスカルから渡された映像石を見て洗脳にも近い崇拝が解けた。
「親身になってくれた、欲しい言葉を言ってくれた、自分を肯定してくれた……。貴方方はそれをアンネリーが言ったのだと思っているようだが、おそらく他の誰かからの盗用だろう。あの女性は未来視のような力で別の人間の知識を奪っていた。彼女の功績は何一つ彼女の実力ではない」
誰かとは誰だ、とダミアンが言うと「さあ? 案外彼女が異常に敵視していた人間だったりするかもな」 と意味ありげなことを言ってパスカルは去っていった。
そうは思いたくない。だが辻褄はあう。今にして思えばマリア・ティーセンは何一つアンネリーの言うような男を狙うふしだらな女ではなかった。それどころかスタンピードの脅威から見事世界を救ってみせた。……歴代の聖女なら恋人がいたところを、たった一人で。アンネリーは心の内が読めるのだろうかと思うほど自分達に寄り添ってくれた台詞を言ってくれた。あれは全部未来視での盗用だったのか? 本来言ってくれる人間は……まさかマリア?
彼らは自分の運命の相手はアンネリーではなくマリアだったのではと気づいた瞬間、足が自然と真理亜のいる修道院に向かっていた。
誰とも婚姻せずに神に仕えることを選んだのは、ひょっとして自分を待っているからではないか。そんな希望が抑えられなかったのだ。
しかし真理亜は敬虔なシスターとして名を馳せていた。完全自給自足で慎ましい生活を送っている。異性とは絶対に会おうとしないし、会うのは身元が保証されている、学生時代の友人だけ。
その友人に取り次いでもらえれば、と馬車に乗って帰る途中の女性に話しかけたが、その女性の名はマリアだった。
「私にとって王太子はパスカル様お一人だし、次期宰相と考えているのはロホス様だけ。次期騎士団長になるだろうと思われるのもアヒム様お一人だわ。他は偽者よ。偽者らしい偽者の言うこととか聞く必要ある?」
スタンピードから学園を守った女学生はもれなく聖女と呼ばれる。過去に魔獣に世界を蹂躙された経験から、聖女の権威は高い。その聖女を侮辱したということで、ダミアン達は居場所を失いつつあった。
信じた女性の言葉は偽者。偽者につられて本物を罵倒。気が付いたら自分のいた場所に他の人間が立っている。自分の方が偽者になっている。
そんな状況でマリアの言葉が深く刺さりすぎたのだろうか。彼らは同時期に姿を消した。それ以降、彼らを目撃した者は誰もいなかった。
数十年後、マリア・ティーセンが若くして亡くなった。病気にかかっても「自分の治療代で他の人を助けてほしい」 と言って治療を拒んでいた。
最後まで他者を気遣うその精神、まさしく聖女の中の聖女であると皆が称えた。
騒々しい葬儀は好きではないと言っていた聖女を尊重して、ひっそりと設けられた献花台には、ある朝見慣れぬ花束が三つ置かれていた。
世間の人はこう噂した。
「きっとパスカル様、ロホス様、アヒム様のお三方に違いありません。何せあの方々は今でも独身なのですから。泣かせる話ではありませんか」
ヒロインは修道院に行った 菜花 @rikuto
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