おひなさまに願いを……

亜璃逢

おひなさまに願いを……

「ひな人形はね、女の子の健康と幸せを願って飾るんだよ。

 毎年ひな祭りの日には、おひなさまに、一年間の感謝と、今年一年のお願いごとを伝えるんだよ」


 幼い私にそう言ったのは、高校生のころに亡くなった祖母だった。


 大好きだった祖母のことばではあるけれど、おひなさまにお願いごとをするって言ったら友達に笑われた。「いやいや七夕じゃないんだから」って。


 まあでも、確かに、女の子の健やかな成長と幸せを願って飾られるひな人形だから、そのおひなさまにお願いごとをするのもありなのかなと、子ども心に思ったりしたものだ。


 10歳を過ぎたころ、弟が生まれ、妹が生まれ、家の中が手狭になったという理由でお内裏さまとおひなさましか飾らなくなったけれど。

 ちなみにうちは、右側にお内裏さまだ。

 地域によって違うというのは、社会人となってから知ったのだけれど。

 まだ私がこの家でひとりっ子だったころにはそれは豪華なひな飾りが出されていた。

 両家の祖父母が初孫だった私のために気合いを入れて選んでくれたらしい。



 ***



 また3月がやってこようとしている。

 毎年この季節がくると、早く嫁に行けと言われている気にもなる。

 ただ、この間、ずっと忘れていた、祖母のあのことばをふと思い出したんだ。

「おひなさまに一年の感謝と次の一年のお願い事をする」って。

 友人に笑われたことで、頭の隅に追いやっていた、ことば。


「同じ課の西京極さんと、お付き合いできますように」

 

 心の中で、おひなさまに向かって、ちゃんと、初めて、お願いをした。



 ***



 あれから一年、またひな祭りがやってこようとしている。

 おひなさまにお願いした効果があったのか、はたまた元々そうなる運命だったのか分からないけれど、西京極さんから想いを告げられ、お付き合いがはじまり、あっという間に将来を語るようになったのだ。


 告白された夜には、今は納戸にしまわれているおひなさまを思った。


 リビングの棚に今年も飾られたおひなさまに、私は伝える。


「おひなさま、ありがとう。西京極さんとこのまま一緒になれますように」



 ***



 そして、多分これが私にとって最後のひな祭り。

 西京極さんとの婚約が決まり、どちらかというと妹のために出されているお内裏さまとおひなさま。


 ずっと私を見守ってくれた、おひなさま。




 その夜私は夢を見た。

 白く淡く光るコウノトリの降臨する夢を……

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