第6話 私は友人の思いを知る
「最近私とばっかり帰ってない?」
ギクっ。身体が跳ね上がる。
図星で何を言えばいいのか分からないでいた。
「百合には私の他にも友達いたでしょ?」
もうじき夏休みが始まろうとしていた。
すっかり制服も夏服使用になり肌の露出が一層増えた眞百合にそう言われる。
友達か。
キスした仲でも友情は成り立つのか。
ネット検索すれば、冗談交じりでキスをしたことがあるとかイベントの一環として女の子同士のキスをしたことがあると記載してあるものを見た。
キスした仲でも友達は…友達なのかもしれない。
でも私の中で眞百合はもう友人という評価はできないような気がしていた。
その点で言えば私の唯一の友人は優子以外ありえない。
優子とはあれ以降疎遠になっていた。
喧嘩別れしたあと、仲直りの仕方など分からずそのままになっていた。
喧嘩なのかどうかもわからないが…既に一か月以上経過しているのでこのままではまずいのは確かだった。だが同時期に眞百合と資料室での一件があって私の頭は処理できずに身動きが取れなくなってしまっていた。いやただの言い訳か。
二兎追うものは一兎も得ないのだ。
過激にして悦楽感が強かった眞百合との関係がより強固なものになったことがより眞百合に集中してしまった。
優子より眞百合を優先したのだ。
友人より想い人
友情より好意を
関係の修復より恋する感情を
優先してきたのだ。
いまさら仲直りなんて出来るのだろうか。
私が黙って遠くを眺めていると眞百合は「分かった。」と言った。
何が分かったのかは分からないが私の顔はまじまじと見て何かを察したようだった。
私がどんな顔をしていたのかは定かではないが、複雑な顔をしていた私の心情を察知したのか、「なんとかしてみる。」と眞百合は言った。
「いや、何がどうなのか分かんないでしょ。」
「知ってるよ。あのお下げのメガネちゃんでしょ。いっつも百合と一緒だった人。羨ましいと思ってたもん。それが最近はその人と全然一緒にいるところをみない。それはきっと私のせい。それでも百合ともう一度友達になりたかった。」
「だけど」と眞百合は続けて、
「百合が悲しむ顔は見たくないから。」
そういって眞百合が出した提案は
夏休みまでは百合に近づかない。
そういう提案だった。
私はなぜそういう提案をしたのか分からないが眞百合はこの案はかならず上手くいくと自信満々だった。
私が百合から離れれば必ず優子は百合に近づくと。
そう言って今日の帰路の会話は終えた。
互いに手を振って別れを告げる。
眞百合が前を向いて帰っていくのを見て、私も帰りの道を歩く。
ふと名残惜しくて振り返ると、眞百合もまた振り返って目が合う。
まだ近い距離。そしてまた帰り道を向く。
すると後ろから抱きしめられる。
眞百合の匂いがした。
「ちょっと。」私が眞百合を諭そうとすると
「夏休みまで百合に近づけないから今だけ。」
ぎゅーと後ろから抱きしめられる。
胸の感触が背中に伝わる。眞百合の息が耳にかかる。後ろからの抱擁では眞百合の顔が見えない。寂しさから私の顔の前で組まれた眞百合の腕に手を添える。
私は「まだ?」なんていって威張って見せる。なんでもないんだよと思わせたいのだ。でも本当はこのまま時間が止まればいいのになんて思いながら。
「まだ充電足りないよ。」
そういう眞百合に愛おしさを感じる。
でもこれって友達同士ですることなんだろうか。
分からない。
充電が終わったらしく今度こそ本当に別れた。
「じゃ。」と言うと
「うん。またね。」と眞百合が返す。
互いに見える限り手を振り続けた。
内心カップルかよなんてツッコミを入れながらこれでも友達判定で世の中通用するのかななんて考えた。
×××
夏休みまで一週間を切る。
優子とは会話すらできていなかった。
眞百合のほうをみると大丈夫だと顔でジェスチャー(頷いたり、ウインク)してくる。よほどの自信でまぁ眞百合がそこまで自信あるのならと私は優子をさがしては華麗に避けられる日々を過ごしていた。
学校帰りも一人だ。
眞百合は徹底して私とは距離をとる気でいた。
なのでとぼとぼ一人で帰っていると「百合。」と声を掛けられる。
声がする方を向くと公園のブランコに優子が座っていた。
手でこっちきてとジェスチャーしてくる。
ゆっと優子と仲直りが出来る。
私はお菓子につられる子どもの様に無邪気に優子に近づいた。
優子の隣のブランコに座る。
「久しぶり。」優子が話しかけてきた。
「うん。久しぶり。」
「あれから…二か月くらいかな。」
「それくらい…だったかな。長かったような、短かったような。」
「…。」
「優子。私…。私、謝りたくって。」
「やめて。私が何に対して怒ったかもわかってないくせに。」
「それは…。」
「ほら。」
「でも、眞百合のことでしょ。私が眞百合と。」
「眞百合? 名前で呼び合うようにまでなったの。それは…それは私だけの特権だったのに…。それまでもが…。」
優子は手で顔を塞いで俯いた。
「えっとえっと」と私が機嫌を取ろうと躍起になっている様はさながら妻のご機嫌をうかがう旦那のようだった。
「幼馴染。私の唯一の武器。だけど私はその位置に甘えていた。そしたらまんまとその隙をついてやってきた。」
なんの話だろうか。比喩なのだろうか。私が「なんの話?」と問うても優子は答えなかった。どうやら自問自答しているようで集中から周囲の声に気付かないようだった。
「
本当に何を言っているのか分からない。
困惑した私を他所に優子は深呼吸して冷静さを取り戻した。
「大丈夫?」
「うん。でもあれだね。百合って鈍感なんだね。」
「え。」
「私が怒ったのは嫉妬だよ。」
「嫉妬?」
優子はブランコを立って漕ぎ始める。
左右に揺れる優子を見る。私はブランコを漕がない。
「なんでか分かる?」
嫉妬の理由。…優子が嫉妬? それは…。
「友人が眞百合にとられるかもってこと?」
「ぜんぜんちがーう」
大声で否定された。優子はどんどん勢いをつけてブランコの振りを大きくする。
「私は」「百合の」「ことが」
前に振れたブランコから離れる優子はそのままジャンプ。
綺麗に着地して振り返る。
「好きってこと。」
仲直りのことしか考えていなかった私は予想外の方向に着地した展開に硬直。
冷静さを失いかける。
「えっと。えーっと。それは…あれだよね。これって、告白だよね。告白ってことはつまり…えっとえーっと。恋愛的な意味で言ってる?」
「うん。」
頷く優子。顔が見えない。それは照れからでもなく丁度夕暮れが逆光になったからだった。
「ずーっと、ずーっと想ってた。百合と恋仲になれたらなって。でも友人関係を壊すリスクを冒してまでしようとは思わなかった。」
「…いつから。」
「最初からだよ。」
もしかして私たちって両想いだったのかもしれなかった。
でも…私は…。
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