第4話 私は唇を知る
喧嘩をした。
初めてのことだった。
いや、喧嘩なのかどうかも分からない。愛想つかされたのかもしれない。
私が原因なのだ。虫のいい話なのだ。
好きな人が二人もいるという軽蔑されるべきものであるからだ。
好きな人が出来た。好きと言う感情を知った。
その気持ちは幼馴染にも既に持っていた感情だった。
安心という言葉で蓋をしていた。中身は好意だった。
それは今も変わらない。
私は、姫野が好き。
私は…優子も好き。
私って、結構最悪なやつなのかも。
×××
次の日。
学校で優子に会うことは出来なかった。
休んでいるみたいだ。
一人で帰ろうとしたとき、姫野を見かける。
どんどんと人気のない場所に移動している彼女を不思議がって私は後をつけた。
周りをキョロキョロと見回しその後、屋上へ行く階段へ向かった。
「…。」
私は慎重に足音を立てずに階段を上ると
「わっ」
姫野が驚かしてきた。
仰天した私は体が反射的に飛びそのまま倒れて階段を転げそうになる。
それをすかさず姫野が抱いて阻止してくれた。
「おっとごめーん。驚かそうかと思って。
「あ、いや。ビックリしちゃった。」
「やったね。大成功。」
「屋上に何か用事が?」
「え、ないよ。まー当然ちゃ当然だけど開いてないしね。」
「本当だね。」
「あーでも出られるかも。出てみる?」
「え?どうやって。」
「じゃじゃーん。マスターキー。職員室から持ってきた。」
「ええ! ダメだよ。叱られるよ。」
「問題ない。ちょっとだけだからさ。」
そう言って姫野はドアノブの鍵穴に鍵をはめる。
そのままガチャリと鍵が開いた。
姫野はそのままドアを開け屋上にでた。
「百合もおいでよ。」
手を伸ばす姫野。
逆光で眩しい。姫野の顔がよく見えない。後光が差す様はまるで釈迦のようだ。
光に反応する虫の様に私は神秘的な光に包まれる姫野の手を無意識に握った。
そのままゆっくり引っ張られて私の足は屋上へと出た。
コンクリートの隙間から雑草がある。コケもある。
経年劣化したコンクリートは黒く汚れていた。神秘とは程遠い場所。
でも景色は抜群によかった。
何より空がいつもより近くに感じる。
「んー。いい気持ち。どうよ百合。気持ちいいっしょ。」
「ん。気持ちいい。」
「あっ、今の言い方なんかエロい。」
「ど、どこがよ。」
「顔だよ顔。火照ってた感じの顔だったよ。」
「ち、違うもん。」
「でも分かるなー背徳感あるもん。やっぱり無断で屋上はまずいしね。」
「えっ。」濁点の二乗くらい汚い声が出る。
「つーわけでバレる前に逃げようぜ。」
わーっと手を伸ばしながら私を中心に二周くらい回ったのち姫野は踊り場に戻った。
私も戻る。鍵をかけて姫野は右人差し指をたててシーッとジェスチャー。
「二人だけの秘密ね。」
「う、うん。」
ドキドキする。姫野といるとドキドキすることがいっぱい起こる。
世界がキラキラと眩しく映る。
「また今度一緒に屋上いこうね。」
姫野はそう言った。
私は力強く「うん。」と言って頷いた。
次があるんだ。喜びが体の中から湧き上がる。
うれしい。
×××
「でも、なんでマスターキーなんか持ってるの。」
「教師から頼まれごとされてさ。資料室から荷物を持ってこいとのこと。」
「へぇ。手伝うよ。」
「え、いいの? たすかるー。」
どうやら姫野はペナルティを食らっていたらしい。やはり普段のあまりのギャルすぎる格好に思う教師はいるようで一人の教師から身だしなみチェックが入ったようだった。姫野が命令に逆らい続けた結果、授業準備の手伝いをやらされるはめになったのだとか。要は肉体労働へシフトチェンジした感じだろうか。でも準備の手伝いをお願いされるってのはある意味信頼の証な気もする。
「かわいい格好出来るのは今のうちだけっだってのにさ。」
「今のうち?」
「十代なんてあっという間なの。特に女子高生ってのは三年しかないの。何に力を入れるかそれぞれ人それぞれあると思うじゃん。そりゃ勉学スポーツに力を入れるのが大半だとは思うけどさ。かわいいことに力を入れてもいいじゃんって話。将来設計は怠ってないわけだし。」
「う、うん。将来のことを投げやりにしないし、姫野さんは先生たちからも信頼があると思う。だから授業準備の手伝いされてるのかも。」
「どうだろうね。まぁ扱き使われてるのは間違いないよ。その中に信頼があるかどうかは判断しかねるね。ま、準備の手伝いをしてくれたから今回は見逃してあげるって言われたしいいけどね。」
「ちなみに…何を指摘されたの。」
「リップ。ちょっとかわいいなぁと思った奴が結構色味強かったみたい。あれでも薄くてバレないと思ったんだけどなぁ。流石に校則がゆるいとはいってもダメなところはダメか。」
「ふふふ。姫野さんらしいね。」
「へへ。そうかな。」
笑いながら資料室の物色。
必要なのは本らしい。本棚をチェック。会話がポツリと止む。
静かな資料室は長くは続かなかった。
「百合は…私の名前呼ぶのまだ照れる感じ?」
「えっ。」
振り向くといつの間にか姫野が近くにいた。
「そろそろ名前で呼んで欲しいなぁって。」
「あ、えっと。」
「分かってる。恥ずかしいんだよね。名前呼び。」
「…その…。」
好きな人を名前呼びするのは勇気が…いるとは言えない。
確かに照れもあるし、何も言えない。
「私さ、実は百合のこと一目見た時にビビ―と来たんだ。」
「え?」
「昔会ってる子に似ててさ、その子なのかなぁなんて思ってさ、でも私の勘違いかもしれないし言わないでおこうと思ったけど無理かも。」
何か言わないと。
なんだ。なんか熱い。身体から火を吹きそうだ。
冷静にならないと。えっとえっと。
ガタガタとドアから音がする。
とっさに姫野に手を引かれそのままカーテンに包まれる。
「あ、やっぱり開いてたー。さっきので閉めちゃってたっぽい。」
「なんだよー。せっかく鍵持ってきたのに。」
「いいから。さっさと譜面台だすよ。」
「はーい。」
入ってきたのは吹奏楽部ぽかった。
なぜ隠れる必要があったのか。姫野の顔を見る。
シーッと人差し指で静かにとジェスチャー。
近くで見る姫野は魅力的だった。
さっきの話からか口元に目線が言ってしまう。
口に注目するとたしかにほんのりピンクが強いし潤ってる。
私の視線に気づいたのか姫野はにこっと笑う。
私の耳に口を近づけ
「そんなに気になる? リップ。」
なにかを言おうとしたときだった。
ガシャンと大きい音が鳴る。
「あ、ごめん。机に当たったわ。」
「気を付けてよねえもー。」
吹奏楽部の声がする。
どうやら譜面台を机にぶつけたようだった。
私は大きい音にビックリして叫びそうになった。
だけど叫ばなかった。
いや、叫べなかった。
姫野にキスされたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます