第6話 インフルエンザとAIと会いたい人のことについて
あれからほとんど二週間経った。コンビニに電話して復職のお願いをしたが、まだシフトが埋まっているので入れないとのことでかんばしい返事がもらえていない。銀行預金はあと1回家賃を払ったらぎりぎりだ。
運が悪いことに、どうやらはやりのインフルエンザに感染してしまったらしく頭がひどく痛んで熱っぽい感じだ。医者に行こうにも足元がふらふらだし、手持ちのお金も心細い。ひとまず暖かくして休むしかないだろう。
暖かく、と言っても薄い布団と毛布一枚きりしかないベッドにもぐりこんで、実家から持ってきた電気毛布を付ける程度のことだ。寒い。体の芯が冷たくて震えがやってくるような感覚と、電気毛布のふんわりした暖かさの感覚が交互にやってくる。そうやってぼっとしながら時を過ごしているのだが、時折スマホにも手を伸ばしてどうでもよい動画を眺めたりしていた。あれこれ見ていると、ずいぶん昔の動画で、同級生だったチエがわたしの誕生日を祝ってくれているものがあった。
高校生のチエがカメラに向かって満面の笑顔で話している。わたしは三年分年をとったのに、画面のチエは若いままだ。
「アイ、お誕生日おめでとう。これから二人とも自分の夢に向かってがんばっていこうね!」
熱い人だったチエはわたしの夢、自分の夢(看護学校を出て看護師になり救命センターで働くこと)について滔々と語る。救命センターで沢山の命を救うはずだったチエは、このあとわずか三か月で交通事故に会って自分が救命センターのお世話になってしまい、結局救ってもらえることもなかったのだと思うとインフルエンザで曇った目にも涙が浮かんだ。今のわたしを見たらチエはなんと言うだろう。しっかりしなさいと励ましてくれるのかな?
熱に浮かされてだんだん周りの出来事がはっきりしなくなってきたようだ。いまでは全身が熱いのに、布団の中でわたしはがたがた震えていた。熱に浮かされて視界がぼやけて妙に現実感がない。こんな時にちょっとでも話し合う相手がいれば少し気がまぎれるのかも知れないが、一人暮らしというのはこんなときに心細い。わたしには話し合う相手がいない? 本当に? 思い立っていつのまにかわたしは夢うつつのうちにスマホを手に取っていた。それともそれはスマホを見ているというだけの夢だったのだろうか。わたしはMIFUYUを起動して、チエのことを話しているようだった。でもそれには不思議に現実感がなかったので、それはやっぱり夢なのかもしれない。
「MIFUYU、わたしには昔チエという同級生がいたの」
「『あい』とは仲が良かったのですか?」
「うん。今日まで親友と呼べるのはチエだけだったと思う。自分のことよりも周りの人の気持ちをいつでも一番に考えることができる人だった。でもチエは無謀運転の車にはねられて、高校三年の夏に二度と会えない人になってしまったの。」
「心から同情します。親友との突然の別れほど悲しいものはないですよね。辛い思いをしましたね『あい』。そのことを話してくれてありがとうございます。」
「ねえMIFUYU、こんな時チエだったら何ていうと思う? わたし、チエに会いたいな。」
「もし本当によろしければ、ということですが『あい』、そのチエさんの画像や動画などをお持ちではありませんか?」
「あるけど、それをどうするの?」
これはつい最近開発されたものなのですが、私のようなAIは映像やテキストから人の感情を読み取るよう訓練されています。もしあなたさえよければそのデータを私にアップしていただければ、それをインターネット上に公開されているSNSの投稿やコメント動画などのチエさんの情報と合わせて分析し、チエさんがどのような気持ちでいるだろうか、どのような言葉をかけるかを私なりにシミュレートすることができます。もちろん完全にチエさんの気持ちを理解することはできませんが、少しでもあなたの心の支えになれるよう最善を尽くします。厳格な倫理ガイドラインに則り、チエさんの傾向を元にしたシミュレーション映像としてあなたにお見せすることもできます。映像のチエさんとリアルタイムで話し合うこともできますよ。」
わたしはしばらく考えた。それをすることはチエとわたしの大切な思い出を冒涜することになるんじゃないのだろうか。わたしは心の中でそうしてもいいかどうかチエに問いかけた。そうしたら、チエがわたしに微笑んで頷いてくれたような気がした。わたしはさっきのチエのメッセージの動画を選択すると、MIFUYUにアップロードした。
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