第26話 刺客

「呪役式です。間違いありませんね」


 蛇の死体をあらため、ファンシンは言った。あたりの草は、毒に溶けていた。


「むごいことを……」


 呪役式。それは、対象者を強制的に使役する呪式だ。対象者を自らの呪いの傀儡とし操り、敵を屠る。敵からの呪い返しや怨みは対象者にのるという残忍なものだ。

 二人は、蛇に向かい手を合わせる。ファンシンは白の紙を取り出し、扇子にのせた。ふっと息をふきかけると、紙は光を放つ大きな風呂敷のようになり、蛇を包んだ。


「この子は祓いのち、弔いましょう」

「そうだな」


 この子の体を焼いた呪――相当の標的を屠ってきたに違いない。怨嗟の声が、辺りに取り巻いている。蛇につらなる声らも、鎮めてやらねばならぬ。ユーシェンはファンシンに応急処置をされた手を見下ろす。彼らすべてに、相当な痛みがあったろうことがわかる。

 最後は厄介払いのように、惨死をあたえた。ユーシェンは怒りに震える。


「おろかしいことだ。自らはなんの責も持たず……」

「まったくです」


 ファンシンは頷く。それから清めの式を唱えた。ユーシェンも、手を合わせて祈る。

 すまなかった。お前たちが安らかにいけるよう力を尽くそう。

 光の束が、何条にも蛇を包み、辺りを照らした。幾重に折り重なり、天に浮かび――蛇は、光の粒となり飛散した。粒はあたりに降りそそぎ、草地が癒える。ファンシンは扇子をぱちりと閉じ、手を合わせた。


「了」

「ありがとう、ファンシン」

「ありがたきお言葉にございます」


 ファンシンは、恭しく頭を下げる。ユーシェンは、草に手を伸ばし、そこから土をひと固まりとった。いつもの場所に埋めてやろう。心得たように、ファンシンが後に続く。


 ◇


 墓を作り、花を供え、二人で手を合わせた。ファンシンが持ってきた花を供えてやる。静かに黙っていた。


「また、このような時がやってきたか」

「ええ」


 墓を見下ろすファンシンの目も厳しかった。ユーシェンは手を見下ろす。毒の香に混じる、かすかな呪の残滓の気配が脈打った。ユーシェンは顔をこわばらせる。――『見て』いる。対象者を失ってなお。

 ファンシンが「欲をかくとはおろか」と吐き捨てると、扇子をぱちりと鳴らした。


「ユーシェンさま、お手を」


 ユーシェンの手に、ファンシンがやさしく触れた。ユーシェンの手を包んだファンシンの手から、光が発される。もう一方の扇子で、傷口のうちに入り込んだ呪気を引きだしていく。


「すまぬ。気をつけてくれ」

「なんのこれしき。ファンシンにお任せください」


 ファンシンは静かな目でそれをたぐりよせ、音を発した。


「引!」


 光がほとばしり、ユーシェンの手から、黒の光の条が飛び出した。それは矢のように、ファンシンに襲い掛かる。


「――ファンシン!」


 ファンシンは舞うように扇子を振ると、それらをよどみなく撃ち落とし、起こした風に巻き込み、舞い上げた。黒矢は天に上がり、光は日輪に焼かれる。ごう、と風鳴の後に、あたりが静まりかえる。天から落ちてきたそれを、ファンシンは扇子で受け止める。


「問題ありません。呪の痕跡は消しとりました」

「ありがとう」

「もったいなきお言葉――ユーシェンさま、これを」


 ファンシンが差し出したのは、黒く光る晶石だった。それは先の呪気を、ファンシンが結晶化したものだった。

 ――この香。

 ユーシェンが確認したのを見とめて、ファンシンはそれを打ち上げ、燃やした。相手からの探知を避けるためだ。清めの火に上り、天上に消えていく。さらに加えて、ファンシンは清めの式を飛ばした。

 ユーシェンは腕組みをして、天を仰ぐ。


「やはり、王宮からの刺客か」


 六年ぶりに――。ユーシェンは厳しい目で、空を見上げた。

 嵐の予感が、していた。

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