第16話 雄飛


 馬車を降りて、さっさと別室に通されることとなった。本来ならば、謁見し、祝福の挨拶を述べるところだが、そのようなことも許されぬらしい。人目につかぬ、影の道を通らされる。二筋ほどむこう、謁見の間に続く広間から、多くの人々の華やい気配だけがする。男妻の自分には慣れたことであるが、ハオランにはつらかろう。こういった時、気の利く妻なら何ぞ言って励ましたりするのだろうが、ユーシェンは生憎、そういうことをしたことがない。オウエンともいつも二人、静かに控えていた。

 座して待っていると、ハオランの手が、腰に回った。顔を上げれば、向こうを向いていた。そういう気分か。ユーシェンも黙って、控えていた。

 しばらく待たされ、人の近づいてくる気配がした。謁見が終わったらしい。


「宴が始まります」


 そう言って、使いの者が呼びに来た。ハオランの姿を見ることに恐れているのだろう、視線をできる限り、「合わせる」努力をしていた。

 ふたたび、影の道を行き、王族の通る道へと入る。

 いやに懐かしかった。オウエンとも、いつもこの道を歩いたものだ。離宮暮らしとはいえ王族である。当然、宴席には他家とは別の扉から入った。そして――


「王太子殿下」


 前を行く使いの者が、礼をとった。謁見の間の向こうから、オウエンが出てきた。

 やはり行き会ったか。

 いつもそうだった。宴席へ向かう途中、こうしてハオランと行き会ったものだ。今、ハオランとオウエン、互いの立場は入れ替わってしまったが――俺は変わらない。使いの者にならい礼をとり、いつもの通り、道を譲った。

 オウエンは、常の通り、紅の衣に――しかし一段と美しいものに変わっていた――身を包み、悠然と黒髪をたなびかせていた。静かに、こちらに歩んでくる。

 そして、すっとユーシェンの前を、横切っていった。

 一瞥もくれず――その足取りに、いっさいの迷いはなかった。ユーシェンは、目を閉じて、風のようなそれをただ感じていた。

 ……ご立派になられた。ここで、自分に声をかけるようでは、王太子としてやってはいけぬ。男として、仕えたものとして、そう思う。

 しかし、友としては、ただそれだけの感情ではなかった。オウエンは見事に雄飛した。離宮という、仮宿を抜けて――そう、彼にとっては、どこまでも、仮宿であったと――そう感じさせる、見事な雄飛だった。

 おめでとうございます、オウエン殿下。ユーシェンはしばらく、頭を上げなかった。


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