第8話 殿下

 翌日。

 ユーシェンはひと月以上ぶりに、離宮内を差配していた。

 ベイツィンは、「忙しくて手が回らぬゆえ」と理由をつけて、差配をまかせてきたというわけだ。これで、ファンシンたちに肩身の狭い思いをさせずともすむ。

 ベイツィンが連れてきた召使たちも、ユーシェンの下におかれることになった。頭のリーツァイから話を聞き、殿下の食事の時間や好む過ごし方を確認する。ファンシンたちとうまく連携をとれるように、いろいろと様子を見ていかなければ。


「よしよし、餌をやろう」


 鳥が降り立ってきた。指先にのせれば、愛らしくついばんでくる。お前のおかげで、ことがうまく運んだ。感謝を込めて、餌を与えた。

 鳥と一緒に歌っていると、ふいに笑い声が聞こえた。

 目線をやると、木の上に、人の足がぶらさがっている。王族の住まう離宮で、このような無法を通すものなど、阿呆でなければ、それとも。


「ハオラン殿下にございますか」

「そうだ」


 くすくすと笑う声が響く。ユーシェンは、すっと跪き礼をとった。木々は生い茂っており、殿下の長い足と上等な衣だけが、見える。


「お会いできて光栄にございます」

「かしこまらなくてよい。わが妻よ」


 枝のたわむ音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には、ユーシェンの前に立っていた。速い。さすが、練度が高かった。


「面をあげよ」

「はっ」


 扇子で顎を持ち上げられる。思ったより横柄な方だ。まっすぐ目を上げると、陽光を背負うハオランの姿があらわになった。

 なるほど、これが呪いか。

 ハオラン殿下といえば、夜闇より深い漆黒の髪が特徴のお方だ。いま、それが妖しい白銀の髪となっていた。加えて、特徴的なのは、目だ。真っ黒い瞳孔が獣のように縦に切れている。耳も尖りを増している。この様子では、牙も発達なさっているだろう。もとより王族と言えば、αであるゆえ、牙は鋭いものだが……見ていると化かされたような心地になる。

 じっと見ていると、ハオランがふっと笑った。


「恐ろしいか?」

「いえ。私はあまり恐ろしいと感じることがございませんので」


 なるほど、信仰心の強いものはこの姿を恐れるだろう。けれども、ユーシェンにはそう言った恐れがなかった。おそらく、六歳のころ、男妻となったときに失くしてしまったのだろう。


「お前の名は、ユーシェンと言ったな」

「はい」

「オウエンとはどのように過ごしてきた?」


 どのような答えを求めているのか、わかりづらい問い方であった。探りを入れているのか、でばがめ根性か。


「オウエン殿下は、私を友と遇してくださいました」


 考えてみれば、なにも隠すようなことがない間柄だ。そのままを伝えるのがよかろう。すると、ハオランは、「ふむ」と、顎を上げた。扇子を開いて、考える。


「そなたは、私にどのように扱われたい?」

「は」

「どのように遇されたいか?友として――それとも妻として?」


 目がすっと細くなった。そこにかすかな愉悦を感じ、ユーシェンは「さて、ハオラン殿下はこのような方だったか」と考えた。思えば挨拶しかしたことがないのだから、知らずとも当然ではあるが。

 どう遇されたいか、か。それはもちろん妻としてより、友としてがよいに決まっている。しかし、便宜上妻である以上、言っていいわけはない。


「私は、殿下の思うように扱っていただきたく存じます」


 そう言って頭を下げた。風がゆたりと吹く。ハオランは、扇子を閉じた。


「ならば、よいか」


 そう言って――ユーシェンの頬を扇子で打った。


 

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